発達障害の子どもを持つ親は知識を付けるまえに、子どもと向き合うべきじゃない?

先日、発達障害の可能性のある子どもを持つお母さんと話す機会がありました。

目を離すと何処かに行っている。モノに対するこだわりが強い。ある分野での記憶力がずば抜けている。

などなど子どもさんについていろいろとお話を聞いてきました。

僕は医師ではないので、「病院で検査してみてください」としかいえなかったんですが、話を聞いていて「???」と疑問に思うことが多々ありました。それは、そのお母さんが自分自身を安心させるための方法を聞いているように感じたことです。

つまり、子どもとどう向き合えば良いのか?ではなくて、自分の肩の荷を軽くするためには何をすれば良いのか?を終始聞かれていたということです。

今回はそんな疑問について少し書いてみようと思います。

知識を付けるだけでは子どもには何のタメにもならない

「発達障害についてどんなことを知ればいいですか?」
「発達障害についてどんな本を読めばいいですか?」

たしかに知りたい気持ちはよくわかります。

発達障害って名前は聞いたことあるけど、実際どんな障害なのか?ってよくわからない人って多いと思います。人によって症状が違えば、得意なこと苦手なことも違うために、専門家でも診断を下すのが難しいらしいですし。

だから、「自分の子どものために知識をつけなきゃ!」と思う気持ちは痛いほどわかります。そして、知識は付けるに越したことはないと僕も思っています。

でも、「知識を付けることが最重要事項か?」と問われると、それは少々違う気がするんですよね。というのも、知識だけで向き合えるほど、発達障害は簡単な障害ではないからです。もちろん、これは発達障害にかかわらず、どんな障害、病気でも同じだと思いますが。

子どもの才能を活かすも殺すも親次第

知識を付けることはたしかに大切です。

でも、知識をつけ、その知識をそのまま子どもに当てはめれば良いのか?というと、そうではないことは誰でもわかることだと思います。

発達障害と聞くと、苦手なことが多そうとか、社会に適合できるのか?自立できるのか?という不安を感じる一方で、天才かもしれないと思う人も少なくないと思います。

ですが、その才能を活かすも殺すも、実際のところ親次第なんですよね。

身につけた知識を子どもに押し付けるだけでは、才能を殺してしまうだけなんですよね。もちろん、ソーシャルスキル(社会的な能力)として、挨拶やお礼などは他の人と同じような教え方をしても良いと思います。でも、能力的な部分は知識の押し付けではなくて、子どもに応じて変えるべきだと思うんです。

子どもの才能を活かすためには、知識を得るのではなく、英才教育すればいいのではなく、子どもと向き合う必要があるのではないかって思います。

発達障害はあくまでその子の要素であって、人生そのものではない

発達障害の子どもを持つお母さんの話を聞いていて、「???」と疑問に思うことがありました。それは、発達障害というだけで人生が決まってしまっているといっているように感じたことです。

これって実際このお母さんに限らず、多くの人が感じることなのではないかと思います。

でも、僕はそうは思いません。というのも、発達障害をはじめ、障害や病気ってその子の要素ではあっても、人生そのものではないからです。

僕は発達障害ですし、糖尿病を患っていますが、「僕の人生=発達障害、糖尿病」ではないんですよね。もちろん、何かを選択するときに、発達障害や糖尿病などを判断基準にすることはあります。「ちゃんと取り組めるかどうか?」「体調を崩さないだろうか?」など。ですが、障害や病気は選択するための一つの要素であって、一番の基準ではないんですよね。結局は、僕がやりたいかどうか?が基準なんです。

自分の子どもが発達障害と診断されて、この先の人生が不安になったり、心配になる気持ちはよくわかります。でも、発達障害で人生が決まるわけではありません。発達障害という言葉にとらわれるのではなくて、まずは自分の子どもと向き合うことが必要なんですよね。

発達障害の子どもと向き合うためには、子どものことを受け入れることが第一歩

子どもと向き合うのって正直難しいと思います。

子どもに限らず、大人同士ですら向き合うのは難しいですから、発達障害を持つ子どもとなるとその難しさはより際立つと思っています。

でも、向き合わなければ前には進めないのも事実。僕は、子どもと向き合うための第一歩は子どものことを受け入れることだと思います。子ども自身を、子どもがやったことをまずは認め、受け入れてあげる。で、褒めてあげたり、注意してあげたり、その子に応じて一緒に改善してあげたりする。これが向き合うことなのではないかと思います。

まぁもちろん受け入れることだって難しいと思います。

というのも、できないことや思い通りにならないこともすべて認めなければならないからです。発達障害を持つとなると、もの凄くできることがある一方で、まったくできないこともたくさんあります。なので、かなり辛い思いもすると思います。でも、だからこそ、その苦手な部分を認め、受け入れてあげることが、子どもと向き合うための第一歩だと思うんですよね。

発達障害を持つ持たないに関係なく、子どもと向き合うことでしか、子どものことって見えてこないと思います。何が好きなのか?何が得意なのか?などなど。なので、知識を付けることや誰かの話を聞くことも大事ですが、まずは子どもと向き合うことが大事なのではないかと思います。

正解なんてないわけだから、自分たちなりの答えを探せばいい

子育てにおいて、万人に共通する正解なんてないと思います。

ある家庭では上手くいったことが、自分の家庭で上手くいくとは限りません。それは逆もしかりです。そして、それは障害や病気の有無にかかわらず同じだと思います。

だからこそ、子どもと向き合い、子どもに応じた子育てや教育が大切なんですよね。本を読んだり、誰かの話を聞いたことを取り入れることもたしかに大切ですが、それだけにこだわるのではなくて、自分たちなりの答えを探せば良いのではないかと思います。

さいごに

発達障害を持つお母さんと話をしていて感じたことを書いてきました。

別にこの人を僕は悪いとは思いませんし、人それぞれ生き方があるわけですから、否定もしません。ただ、この人を見ていて、「この人は子どもから目を背けてるなー」と感じ、子どものことが少々心配になったのは事実です。

目を背けて、別のところに目を向けることは簡単です。けど、それをしているとあとで後悔するのは、子どもであり、自分自身なんですよね。逆に言えば、今目を向け、子どもと向き合えば、多少なりとも後悔はしなくて済むと僕は思っています。

発達障害って言葉を聞くと、人生に対して不安を感じるかもしれないですが、不安を感じながらもその不安を取り除いて、一緒に人生を歩んであげるのも、親としての努めなんじゃないかと思います。

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