知的障害の女の子との出会いが僕にもたらした変化とこれからの歩み

一人の知的障害の女の子との出会いは、僕にある変化をもたらしました。

それは、

  • 障害を持った人たちに関わる仕事をしたい
  • (そのためにも)障害についてもっと勉強したい・学びたい

という前向きな想いを持てたことでした。

これまで何かを仕事にしたいと具体的に思ったこともない僕にとっては、これを仕事にしたい!と思えたのは大きな変化だったので、自分でもかなり驚きました。

今回は、知的障害の女の子との出会いが僕にもたらした変化と、これからどうしていこうか的なことを備忘録として残しておこうと思います。

最初の印象は『普通の可愛らしい女の子』

知的障害を持つ人とこれまで出会ったことがない僕は、知的障害の人はもっとこう普通じゃない感じがあると思っていました。視線が合わなかったり、動きがいびつだったりしているのかと思っていました。

ですが、実際に知的障害を持ったその子と会った時に感じたのは、『普通の可愛らしい女の子』

普通が何か?ということを定義するのは少々難しいですが、その子からは僕が想像していたイメージは一切感じませんでした。むしろ、障害児と言われなければ、外見からは障害を持っているようには見えないような子でもありました。

関わる中で感じる知的障害の一面

第一印象は、『普通の可愛らしい子』というイメージがだったのですが、関わっていく中で、彼女の中に知的障害を感じるようになりました。

その一つが、コミュニケーションを取れないことでした。

どこにコミュニケーションの難しさを感じたのか?というと、彼女が何を考えているのか?彼女が何を伝えたいのか?が僕には理解ができなかったところです。

これは知的障害の人に特有なのかわかりませんが、こちらの伝えたいことは伝わるんですよね。「これをしてほしい」「これはしないでほしい」と伝えると、理解したかのように行動してくれます。

ですが、こちらからは知的障害を持つ人が何を感じていて、何を思っていて、どうしたいのか?を理解することがかなり難しい。もちろん、それは知的障害の有無に関わらず、難しいことではあると思います。

ですが、言葉として思いを伝えることが難しい彼女のことを理解することは、より一層難しさを感じました。

突如豹変する性格に戸惑う日々

これは彼女特有のことだったんですが、彼女は突然性格が豹変することが多々ありました。

もちろん、何かしら原因はあるんだと思うんですが、突然自分の頭を殴るなどの自傷行為や爪を立てこちらに飛びかかってくるなどの他傷行為をするなどの性格の豹変が見られました。

性格が急に変わることなんて一切聞かされていなかった僕にとっては、彼女の豹変する性格に最初はかなり戸惑いました。

何か悪いことでもしたかな?
何か言ってはいけないことでも言ってしまったかな?

と、自分の行動を疑ってしまうこともありました。

ただ、僕よりも長い期間、彼女と関わっている周りの大人を見ていると、彼女の性格が急に変わることはなんらおかしいことでもなく、至って日常的なことのように振る舞っていて、ホッとする反面、驚きました。

「彼らには、彼女のことを理解しようとする気持ちはないのだろうか?」と。

もちろん、彼らが彼女のことを全く理解しようとしていないことはわかっています。ですが、どこかで理解すること、理解できることを諦めている感じがしたことも事実なんですよね。僕はそのとき初めて、障害児教育、障害児支援の難しさを感じました。

何が彼女の性格を豹変させているのか?知りたいと思った

彼女と関わる大人たちのある種の諦めを感じた一方で、僕は「彼女のことをもっと知りたい」「何が彼女の性格を豹変させているのか理解したい」と思うようになりました。

他人に対して興味が薄い僕にとって、この誰かを理解したい、誰かについてもっと知りたいと思うことは、正直彼女が初めてでした。

そして、その感情に突き動かされるように、僕は知的障害や、障害児教育、境界性パーソナリティ障害など、その子を理解するために必要そうなことについて学びました。本を読んだり、ネットで調べてみたりしました。

もちろん、勉強する一方で、彼女を観察することも怠りませんでした。いくら知識があっても、その知識が必ずしも彼女の理解にとって不可欠なことではないからです。

また、知識をもとに、彼女との接し方も試行錯誤しました。「性格が豹変したらこんなことをやってみよう」「暴れだしたら、こんな言葉をかけてみよう」と、行動や言動に気を配りながら試行錯誤しました。

もし、彼女が思っていること、感じていることが、僕に伝わる状況であれば、ここまで彼女のことを理解しようと思わなかったでしょうし、ここまで学ぼうとも思わなかったと思います。むしろ、彼女が何を感じているのかわからなかったからこそ、どうすればいいのか?とずっと考え、必死に学ぼうと思ったんだと思います。

障害を持っていても生きやすい社会にしたい

この知的障害の女の子と出会ってから、僕はより一層障害者支援に興味を持ちました。

僕自身、発達障害を持っているので、障害には興味は持っていたんですが、障害を持った人と支援したい、そういった人たちでも生きやすい社会にしたいって気持ちが、今回の経験で非常に強くなりました。

まだこれからの進路はどうなるか決まっていません。

もしかしたら障害に全く関係のない会社に就職するかもしれません。ですが、それでも何かしら障害に関することを発信したり、そういった人たちを関わることをしたりしていければ思っています。

まぁでも、何はともあれ自分の中で「これを仕事にしたい!」ってことが見つかってよかったと思います。それも知的障害を持つ一人の女の子のおかげだと思っています。

さいごに

知的障害に関わらず、障害という言葉にまだまだ偏見があるように感じています。

発達障害と診断された僕自身でされ、障害という言葉で見方を変えていることがあるので、障害を持たない人に偏見があるのは仕方がないことだと思います。

もちろん、それで誰も苦しまず、誰も悲しまなければ、問題ないと思います。ですが、実際はその偏見で苦しんでいる人がいることも事実なんですよね。

なので、僕はそういった偏見を少しでもなくしていければと思います。障害を持っていようと、なかろうと、誰もがのびのびと過ごせる世の中にしたいものです。

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