心配性のメリットとは?克服せずに気楽に生きていくために必要な5つのこと

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僕は「このままでいいんだろうか…?」「家の鍵ちゃんと閉めたかな…?」と、何かにつけて心配をしてしまうくらいの心配性です。

正直心配し過ぎて何も手に付かないこともあったり、考え過ぎてストレスになることもある心配性は、生きていく上でメリットよりもデメリットの方が多いようにも感じますし、かくいう僕もそう思っていました。「心配性は克服しなきゃいけない」とさえ。

でも、心配性を克服するのってかなり難しいんですよね(笑)それよりも上手いこと折り合いを付けて、心配症のままそれを個性や長所として活かした方が良いんじゃないかって思うんです。

そこで今回は心配性であることのメリットや克服せずに気楽に生きていくために必要なことについて考えてみたいと思います。

心配性とは?

そもそも心配性というのは、辞書的な意味では「ちょっとしたことが気になり、心配してしまう性質を持つ人」のことを指しています。

ただ、心配性と一口にいってもこれからのことを心配する人もいれば、自分がやったことに対して心配する人もいると思っています。簡単にいえば未来への心配と過去への心配という感じでしょうか。

未来への心配であれば、「受験は上手くいくかな…?」「ちゃんと就職して働くことができるかな…?」という感じですし、過去への心配であれば「家の鍵は閉め忘れてないかな…?」「(仕事で)変なミスしてないかな…?」「(受験で)計算ミスとかケアレスミスしてないかな…?」という感じです。

まぁどっちがどうというわけではなく、心配性といってもいろいろあるということです。

心配性のメリットとは?

心配性と聞くと、

  • 考え過ぎ
  • ストレスが多い
  • 疲れやすい
  • 悩みが多い

などのデメリットを思いつくと思います。もちろん、心配性にはこういったデメリットはあります。かくいう僕は、心配性であるが故に、ストレスを溜めやすくちょっとしたことで風邪を引いたりしますし、(物事を悪い方向に)考え過ぎて一歩が踏み出せないなんてこともしばしばあります。

でも、デメリットを考えても何もはじまりませんし、実際メリットだってあります。

準備を怠らない

心配性の人は「何かあるんじゃないか…?」とついつい心配してしまうので、準備をしっかりする方だと思います。

たとえば、旅行に行くときにも、体調が悪くなることを見越して薬やリラックスできるグッズを用意しておいたり、忘れ物がないように何度も何度も持ち物を確認したりします。

「何かあれば買えばいいんじゃない?」という人もいますが、正直売ってるかどうかもわからないのに、買うことを想定なんてできませんし、自分に合ったものが売ってるとも限りません。なので、用意できる範囲は自分で用意するのが心配性の特徴でもあります。

先を見越してしっかり準備ができるということは、将来に対する危機管理ができるという言い方もできます。受験にしても落ちるかもしれないと考えて滑り止めを多めに受けたり、仕事にしても最悪の事態を想定して事に当たることができます。

周りからしたら「ちょっとやり過ぎじゃない?」と思うかもしれませんが、やり過ぎくらいやらないと気が済まない、しっかりと準備するというのは、メリットだと思います。

慎重に行動する

心配性ではなくても、将来(近くても遠くても)に対して不安を感じるのは当たり前。それが心配性の人ともなると少々感じ方が異常になってしまいます。ただ、慎重といってものっそりのっそり行動するのではなくて、危険を犯さないようにという感じが強いです。

たとえば、車の運転一つとってもそうだと思います。ただゆっくり走るのではなくて、車間距離だったり、ウィンカーの出し方など、まずは安全に運転することが第一優先という感じです。なので、周りがビュンビュンスピードを出してたり、車間距離を詰められたりするとかなり怖いです。

もちろん慎重に行動することは運転だけに限らず、受験、就活、旅行、仕事、恋愛、人間関係などにも当てはまります。相手の出方だったり、その場の状況や環境に応じて、自分がどう動くべきなのか?どう動くとヤバいのか?誰に確認を取るべきなのか?何が相手を喜ばせるのか?などしっかり把握してからじゃないと行動できません。

こうやって書くと「考え過ぎて動けない人」のようにも感じますが、もちろん考えずに動けないこともありますが、あえて動かないこともありますし、ちゃんと考えがまとまれば行動はします。ただ、慎重すぎて初動が遅くなることはありますが。

ただ、他の人に比べると危険を冒さず、冒険はせず、確実な道を歩という点では、慎重に行動するというのはメリットのように感じます。

気遣いができる(周りをよく見ている)

心配性というのは、周りのちょっとしたことにも「何かあったのかな?」という風に敏感に反応してしまうのが性です。ちょっとした物音、人の動きや視線、話し声等々。

周りをよく見ている、周りの状況に敏感に反応してしまうということは、周りの人、相手の人のことをよく観察しているということであり、何を求められているのかを把握しているということでもあります。

もちろん、周りをよく見ている、観察しているからといって、気遣いができることとイコールではありません。ですが、そこに欲求として求められていることがあるということは、周りは何かしら不満を抱えているわけですよね。極端にいえば、それすら僕のように心配性の人間にとっては怖いわけです。周りの欲求に応えられず、その場の雰囲気や状況が悪化するくらいなら、その欲求をなんとかして満たそうと行動するわけです。それが気遣いなんですよね。

心配性の人にとってもっとも嫌なのは、自分がいる状況が脅かされることなんです。そのため、できる限り争いだったり、状況が悪化するような事態は避けたいわけです。そのための手段として周りに注意を払い、気を遣うことが身につくんだと思います。

関連記事:思いやりがない人の5つの特徴と思いやりを持つために日々意識できる6つのこと

心配性は決してダメなことではない

心配性という響きにあまり良いイメージを持つ人も少なくないと思います。ですが、だからといって「心配性の人=ダメなやつ」ではないことは、前述通りだと思います。ようは、心配性の使い方や付き合い方なんじゃないかと思います。

心配性の人は、他の人に比べると心配をしすぎる傾向にあるので、たしかに疲れますしストレスも溜まります。それを考慮しても、慎重に行動できたり、危機管理ができたり、周りへの配慮・気遣いができることを考えれば、心配性は決してダメなことではないと思います。

世の中が適度に心配する人だけだったら、結構危ういんじゃないかと思うんですよね。むしろ、それでもか!ってくらい心配する心配性の人がいるからこそ、避けられた危険や難もあったんじゃないかと思います。

未来に対して不安もなく楽観的に生きている人もいて、一方で未来に対して不安しかなく、しっかり準備する心配性の人がいるから、世の中はいい塩梅で成り立ってるんじゃないかと思います。

過剰な心配は身も心も削ってしまう…

心配性も付き合い方次第ではありますが、やっぱり心配のし過ぎは体にも心にもよくありません。

「事故するかもしれない…」「人が飛び出してくるかもしれない…」とばかり考えていては、車の運転なんてできません。むしろ、そういった心配はしつつも「事故を起こさないようにするためにはどうすればいいのか?」「人が飛び出してきても対応できるスピードで走ろう」と考えることが大切だと思います。

これは運転に限らず、受験や就活、旅行、恋愛などさまざまなことに当てはまります。どんなことでも心配をしすぎれば、一歩を踏み出すことはおろか、ストレスで体や心を壊してしまいかねません。

心配性だからこそ、心配し過ぎて心配が現実化しては意味がありません。なので、心配することを前提に、上手く生きていくことが必要なんじゃないかと思います。

心配性を克服することが大切ではないということ

正直な話をすると僕自信、心配性を克服しようと試みたことが何度かあります。もちろん、誰しも心配することはわかっていながらも、ストレスも溜まるし、考え事が増える心配性なんてないに越したことはないと思って。

ただ、心配性を克服することが意外と難しいという現実を突きつけられるんですよね。

というのも、一度心の中で「心配しないでおこう」「まぁどうにかなるか!」と思ったところで、その心配のタネは実際になくなるわけではなく、ふとしたときに思い出してしまうからです。そうするとその心配は徐々に拡大していってしまうわけです。もちろんこれを「気合いが足りない」とか、「意識が低いからだ!」といわれたらそれまでですが。

たしかに心配性をはじめ、ネガティブな性格、劣等感を感じやすいなどの性格は克服する方がいいといわれることが多いです。でも、克服することが大事なのか?と考えると意外とそうでもないんじゃないかとも思うんです。つまり、そんな性格もありなんじゃないかと。心配性だからダメな人間ではなくて、心配性をダメなものだとしていること事態がダメなんじゃないかと。

であれば、心配性を克服することはあえてせずに、上手くコントロールしたり、上手く付き合っていくことの方がいいんじゃないかって思ったんです。そう思ってからは心配性を無理に克服するのではなくて、どうやって付き合っていくのか?を考えるようになりました。

心配性を克服せずに気楽に生きていくために必要な5つのこと

では、ここからは僕が心配性を克服せずに上手く付き合っていくために意識していることを書いていきます。

心配性であることを認める

克服するにしてもそうでないにしても、上手く付き合っていくためには、まず自分が心配性であることを認めざるを得ません。これは心配性に限ったことではないかもしれませんが。

ただ、心配性だとわかっていながらも、それを認めるのは意外と難しいです。

というのも認めるということは、もし誰かに「お前ちょっと心配しすぎじゃない?」といわれたら、面と向かって「そうだ!」と認めなければいけないからです。これが意外と難しい点です。

自分の中だけで認めることは誰にでもできますし、取り繕うこともできます。でも、誰か他の人から「心配性だよね?」といわれると、否定したくなるのが人の性というものです。病気のように外見や数値の上で明確にわかるものではないだけに、誰かからいわれると認めづらいことなんですよね。

でも、自分を含めて誰に対しても「私は心配性です!」といえないと、心配性とは上手く付き合っていけないのもまた事実。これはあくまで当事者としてそう感じました。

もちろん公言はしなくても、誰からなんといわれようと心配性であることを認めることがまずは大切なんじゃないかと思います。

心配しても現実は変わらないことを知っておく

僕自身、「心配すれば、もしかしたら…(何かよくなるかもしれない)」と考えていたことがあったように思います。

でも、実際には心配しようと心配しなかろうと現実は変わりません。

もちろん将来を心配してやるべきことをしっかりやることは大切です。でも、しっかりやってもダメなときはダメですし、上手くいくときは上手くいきます。心配して受験が上手くいくなら誰だって心配します。でも現実はそうじゃない。

なので、心配することは悪くはないですが、心配し過ぎても現実は変えられないですし、体にも悪いのでほどほどにしておきましょう!

何か起これば、その時考えるようにする

心配しても現実は変わりませんが、心配していたことが起こることもよくあることです。

でも、それは心配したからそうなったわけではなくて、なるべくしてなったわけです。もちろん、事前に解決できることであれば、解決するようにしたり、そうならないように策を講じておくことも必要だと思います。

それでも何か起こったならば、それは起こったときに考えましょう。想定していない事態なんて日常茶飯事なはずですし、それについて心配しまくれば、体の方が保ちません。ある程度心配はしつつも、「やることやったしあとは何かあったときに考えよう!」くらいに身構えておくことが必要なんじゃないかと思います。

心配はする。でも、心配しすぎず、心配の範疇でできることをする。上手く活かせば心配性も長所になるんじゃないかと思います。

誰か信頼できる人に確認をしてもらう

なぜ最初に自分が心配性であることを認める必要があるのか?(他者も含め)という話を書いたのかというと、ここに通じるからです。

誰かに頼るためには、自分がその部分において劣っていることを認めないといけないんです。心配性だと認められないのに、誰かに心配性の悩みを解消してもらうことなんてできませんよね?逆に認めてしまえば、誰かに頼む、誰かに頼るって意外と簡単にできちゃいます。

そして、心配性の人にとって最も心を落ち着かせてくれるのが、第三者に確認してもらうこと、「大丈夫だ」といってもらうことなんですよね。鍵の戸締まりにしても、電源のオンオフにしても、受験の合否にしても、誰か信頼できる人に「大丈夫!」といってもらえたら安心します。ただそれだけですが、それが大事なんですよね。

誰かは個人によって違うと思うで、自分が「この人なら!(任せられる)」という人を探してみてください!

正確な情報や方法を学んでおく

心配性の人に限らず、何かに対して心配をしてしまうのは、自分が正確な情報や方法、やり方を知らないからでもあります。

たとえば、スマートフォンを販売しているのに、スマートフォンの使い方や性能を正確に知らなければ、お客さんに説明していても不安になりますし、もし売ることができたとしても「間違ったことを教えていないだろうか…?」と心配になるはずです。

なので、何かするにあたって少しでも不安材料を減らすためには、正確な情報や方法をしっかり把握しておくこと、身につけておくことが大切なんです。またのちのち心配しなくていいように、教えたもらったことや調べたことが正確なものなのかどうかを判断できるようになる必要もあると思います。(まぁ心配性に限らずでしょうけどw)

心配性を克服するよりも、受け入れてしまえば長所になるのではないかと思う

短所は使いようだと僕は思っています。それは心配性に限った話ではないと思います。

もちろん行き過ぎた短所、思い込み過ぎた短所はあだになりますし、身を滅ぼします。でも、上手くコントロールすることができているなら、短所も使いよう、見方によっては長所になるんじゃないかと思います。

他の人が心配しないようなことを心配できるからこそできることだってあります。他の人が気付かないことに気が付くからこそできることだってあります。ようは使いよう。

克服することが大事だと思いがちですが、上手いこと付き合えば心配性も長所になるんじゃないですかね?

さいごに

長々と心配性のメリットや心配性と上手く付き合っていくためについてを読んでいただきありがとうございます。

こんなこと書いてる僕も、今でも不安が重なれば不安で仕方がないときがあります。でも、そんなときこそ信頼できる人に意見を求めたり、確認してもらうようにしています。

生きていれば心配や不安は絶えません。でも、それを過度に心配し過ぎても身を滅ぼすのは、心配性の人であれば誰しもが経験していることだろうと思います。かといって、心配や不安を一切取り除くこともできません。だからこそ、心配事や心配性と上手く付き合っていくことが大切なんじゃないかと思います。

それではまた。

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