思いやりがない人の5つの特徴と思いやりを持つために日々意識できる6つのこと

どれだけ優れた人でも、思いやりがないだけで「この人はちょっと…」ガッカリしてしまうことって結構ありますよね。

せっかく良い才能を持っていても、どれだけいい環境に身をおいていても、思いやりがないために、残念な人になってしまうなんてもったいないと思います…。

一方僕は、才能もなければ、お金もない、コミュニケーションもそれほど上手くありません。ですが、相手への敬意や思いやりだけは失くしたことはありません。だからなのか、先輩からは可愛がられ、後輩からは慕われていました。(同期からはからかわれていましたが…w)

そうやって相手への思いやりを持って生きてきたからか、思いやりがない人と出会うと「えっ…、もう少し思いやりを持とうよ…」とついつい思ってしまいます。

そこで今回は、思いやりがない人の特徴を挙げるとともに、思いやりを持って誰かと接するために僕が日々意識していることについて考えてみたいと思います。

思いやりとは?思いやりがあるとは?

まずは、「思いやり(思い遣り)」の意味について辞書で調べてみると、こんな意味が出てきます。

  • 相手の身になって考えること
  • 察して気を遣うこと
  • 想像すること
  • 推察すること
  • 思慮・考えること
  • 思いを巡らせること

という感じ。

こうやって辞書的な意味を見たときに、多くの人が「私って思いやりあるかな?」「僕ってもしかして思いやりがないかも…」と考えたり、思ってしまうかもしれません。これは、思いやりが何かが明確ではないからということではなく、「思いやりがあるかどうか」は自分自身では判断できないからではないかと思います。

自分では思いやりを持って行動したとしても、相手が「ちょっと違う…」「ありがた迷惑…」と感じているなら、それは思いやりではないですよね?

たしかに、思いやりをもって行動することは大切ですが、ただ持てばいいわけではありません。相手に「この人は私のことをわかってくれている」「この人は周りをよく見ている」と思ってもらわないといけないんです。(もちろん思わせれば良いというわけでもないですが…)

つまり、思いやりというのは、相手のことを考えた上で、相手に迷惑がられない、「(自分のことを)わかってもらえている」と思ってもらえる行為や意識を指しているのではないかと思います。

思いやりがない人の5つの特徴

思いやりがあるかどうかは、相手が判断することではあるんですが、だからといって何もしなくていいわけではありません?

誰かと一緒にいたり、大勢で何かをしているときに、「思いやり」の「お」の字も感じられない人は少なからず存在します。ここではそんな思いやりがない、思いやりを持って人と接することが苦手な人の特徴について考えてみようと思います。

僕も人のことは言えないで日々気をつけていますが、もし当てはまる項目があれば、改善するようにしましょう!

自己中心的

自己中心的、つまり自分だけが満足すればOK、自分だけが良ければOKという人には、周りから見ても明らかに思いやりの「お」の字も感じません.

たとえば、電車で、席に座って足を広げたり、席にかばんを置くなどして、一人分以上の席を独り占めしてしまう人です。もちろん席がガラガラであれば、良いと思いますが、ある程度席が埋まっている状態でそういったことをしている人は思いやりのかけらもありません。

電車の座席に限らず、ビジネスにしても、日常生活にしても、友人関係にしても、あらゆる場面で「自分さえ良ければいい」と考えてしまう人には、思いやりを持って行動や言動しているとはいえません。

周りを見ていない

周りを見ていないというのも、思いやりがない人の特徴だと思います。

これは緊張していて周りが見えていないということではなくて、自己中心的であるが故に、周りのことを気にしていない、見ようとしていないということです。(自己中心的の延長ではありますが、自己中心的でなくても、周りを見ていない人はいるので別にしました)

たとえば、これも電車の話ですが、イヤホンから音がだだ漏れの人っていますよね?満員電車で周りにも音が聞こえるくらい音が漏れている人が結構います。彼らは、自分が周りに迷惑をかけているかどうかがわかっていないのではなくて、わかろうともしていないんです。自分が好きな音楽を聴ければいい、自分がリラックスできればいいとだけ考えているんです。

周りを見ている人、周りに配慮ができる人であれば、音が漏れているかどうか?音漏れで不快な人がいないかどうか?と確認しますし、もしそうであれば、音量を小さくするなり、音楽を聴くのをやめるなりするはずです。

自分さえよければ、周りなんてどうでもいい、気にする必要もない、周りを見ていない人も思いやりがない人の特徴だと思います。

適切な言葉を選ばない

言葉を選ばないというのは、言葉を知らないとか、言葉足らずとかではなく、「この言葉は確実に相手を傷付ける」「相手をイラッとさせるだろうな」とわかった上で、あえて言葉の選択をしない人です。

適切な言葉を選ぶことはたしかに難しいです。適切だと思って発した言葉が相手を傷付けるときもありますし、一概に「この言葉が適切だ!」とは断言できません。ですが、明らかにこの言葉を使えば相手が傷付く、不快になるということは、少し考えればわかります。

言葉の選択は、一見ちょっとしたことではありますが、一日の中で何度も繰り返す行為です。だからこそ、そのちょっとした選択にも考えが及ばないことは思いやりがないことの証ではないかと思います。

他人任せ(誰かがやってくれる)

自分から何か行動をするのではなくて、何か発言するのではなくて、「まぁいつか誰かやってくれるだろう」と、他人にすべて任せきっている人には思いやりの心がないように思います。もちろん、誰かに無茶振りをするのもどうかとは思いますが、それでも言葉で伝えている分だけ、思いやりの心は少しは感じられると僕は思います。

いつか誰かがやってくれると他人任せな人は、自己中心的であり、周りを見ていないために自分から誰かに何かをしてあげることが難しく、また、誰かから何かをしてもらっても当然と思っているので、いざ自分がやる立場になってみると何もできない状態に陥ってしまうんだと思います。

また、他人任せな人に多いのが、他人に任せた割には、何か自分にとって不都合があったり、不満があると、愚痴をこぼしたり、文句を言ってしまうことなんです。すべて任せるなら、愚痴をこぼさない、不平不満は言わないのが鉄則です。もし、愚痴をいうなら自分でやるか、やってもらう前に注意事項なりなんなりを伝える必要がありますよね?

見返りを求める

思いやりを持って何かをするということは、自分に何かしてもらうことを考えてのことではありません。にもかかわらず、「この前これしてあげたよね?(何かないの?)」「これしたら何かしてくれますか?」と思ってしまうのは、思いやりがない証拠ですよね?

もちろん「これするから、これしれくれない?」ということもありますが、これは思いやりの行為ではなくて、ただの取引です。なので、思いやり云々の話ではありません。

思いやりを持つということは、見返りなんて求めずに誰かに何かをやってあげるということです。その結果、相手から何かしてもらうならまた別です。相手から何か見返りを求めるのではなくて、あくまでも「これしてあげたら喜ぶかな?」「これしたら助かりそうだよな」と相手のことを考えた行為が思いやりだと思いますよね。

なぜ思いやりを持って人と接する必要があるのか?

率直に言うと、思いやりがなくても生きていけます。

家も服も、食事、仕事なんて選り好みしなければたくさんありますし、生きていく分には困りません。

でも、よく生きたい、楽しく生きたい、充実した日々を送りたいということであれば、やっぱりそれだけでは足りないと思うんですよ。お金があるだけでも、仕事があるだけでも、食事があるだけでも、たぶん満足できないと思うんです。

生きていて何かしら満足感や充実感を味わいたいのであれば、やっぱり誰かと分かち合える何かがないとダメだと思うんですよね。その何かを埋めるために必要なのが思いやりだと思うんです。お互いが思いやりを持って過ごすから、一緒にいて楽しいし、面白いし、リラックスできるんだと思うんですよ。

逆に、思いやりを持たずに生きていれば、周りの人はどんどん離れていくと思うんですよ。それは友人や同僚、恋人だけではなく、家族までもがそうだと思います。「なんでこんな人と一緒にいなきゃいけないの…?」と。

一人で生きていくことは可能ですし、ある程度そういった期間も必要ですが。独りで生きていくのは非常に辛いです。何も分かち合えず、すべてのことを独りで抱えて込んでいけるほど人は強くありません。

そのためにも、思いやりを持つことが必要なんだと思います。

誰かに思いやりを持って接するために日々意識できる6つのこと

思いやりがある人も、そうでない人も、実際に誰かに対して「思いやり」を持って接することは非常に難しいです。もちろん、常に一緒にいるような友だちや恋人、家族であれば、さほど難しくないですが、初対面の人のように慣れない相手だと難しいです。もしかしたら、身近にいる人への方が難しいのかもしれませんが…。

ここでは、僕が日頃思いやりを持って誰かと接するために意識していることを書こうと思います。

笑顔で接する

何をするにしてもそうですが、笑顔は大切です。

どれだけ相手の求めていることをしても、どれだけ相手を励ますようなことを言ったとしても、無表情やムスッとしていれば、相手は複雑な気持ちになります。最悪、嫌な気持ちになるかもしれません。

自分が年を重ねて、電車で席を譲ってもらうときに、溜め息をつかれながら嫌々席を譲られるよりも、笑顔で「どうぞ」と言われた方が嬉しくないですか?それに後者の方が、思いやりを感じますよね?

笑顔って普段から意識していないとかなり難しい動作(?)の一つだと思います。だからこそ、日頃からから口角を上げて、ぎこちなくても笑顔を作る練習をしておくと良いと思います。

相手・周りを観察する

二人のときには相手を、大勢でいるときは周りをざっと観察するようにしましょう。もちろん、凝視していると怪しまれるので、ちらちらと相手、周りを見るようにしましょう。

二人のときであれば、

  • 相手はどう思っているのか?何を考えているのか?
  • 何か欲していないか?
  • 次にどんなことをしようとしているのか?
  • 何かしてあげられることはないか?
  • 体調は大丈夫だろうか?
  • 楽しめているだろうか?不満を感じていないだろうか?

などなど相手を見ていたら多少はわかると思います。

また、大勢でいる場合でも、

  • 何か困っている人はいないだろうか?
  • 自分にできることはないか?
  • 不快感や不満を感じている人はいないだろうか?
  • 楽しめているだろうか?
  • 体調を崩している人はいないか?
  • 空調は大丈夫か?

などなど周りを見て、周りの人の反応やしぐさ、行動でわかることは結構あります。

もちろん完璧に相手や周りのことを把握できるわけではありません。それは家族でも、夫婦でも恋人でも友だちでも同じです。ですが、だからといって諦めるわけではなくて、わからないならわからないなりに察する、考えを巡らせることが大切だと思います。

相手がして欲しそうなことをしてみる(もしくは聞いてみる)

相手や周りを観察して、「相手はこんなこと思っているんだろう」と察するだけでは、思いやりでも何でもありませんよね?(笑)

そこから何かしら行動すること、そして相手に喜んでもらうこと、相手に満足してもらうことが思いやりなんですよね。なので、考えたことや何か気付いたことを行動に移す必要があります。

もちろん、最初から行動できれば凄いことですし、それに越したことはありません。でも、結構難しいことですし、最初は戸惑ってしまいますよね。なので、もしわからなければ、聞いてみると良いと思います。「これしようか?」「空調大丈夫?寒くない?」など、わからなければ聞くことが一番です。聞くことによって、相手も「あ、この人は私のこと観てくれてるんだ!」と思うはずです。これだけでもかなりの思いやりの行為だと思います。

もし、間違っていたり、相手が求めていないことであれば、やらなくて済むわけですし、正しければ行動に移せば良いだけですからね。

自分がされて・言われて嫌なことはしない・言わない

何があっても、自分がされて嫌なことや言われて嫌なことはしない、言わないことです。これ思ってはいても、実際に思いとどまることは結構難しいことです。ついつい言葉にしてしまいますし、ついついやってしまうのが人間ですから。

なぜ自分がされて、言われて嫌なことをしてしまうのかはわかりませんが、僕は自分がされて、言われて嫌なことをちゃんと把握していないからだと思うんです。なので、自分が何をされたら嫌なのか?どんなことを言われたら嫌なのか?をしっかりと把握しておくことが大切だと思います。

また、それを実際に誰かにしたり、言ったりしないように常に意識して置くことが大切だと思いますね。

自分を大切にする

いくら相手を思って行動しても、毎回相手が嬉しく思ってくれたり、感謝してくれたりしてくれるわけではありません。行動を誤ってしまうこともありますが、そうでなくても相手が不快な思いをしたり、ムッとされることだってあります。

でも、そんなときに自分を責めないで欲しいです。もちろん、行動や発言を誤ったり、不快な思いや嫌な気持ちにさせてしまったのであれば、相手に謝る必要がありますが、それでも自分を責めないで欲しいです。

「猿も木から落ちる」ではないですが、どれだけ相手のことを考えて行動しても、間違ってしまうことはあります。それは一流のホテルマンや旅館の女将さんでも同じだと思います。なので、落ち込まずに、自分を責めずにいてほしいです。

相手を思いやるということは、自分のことも思いやることでもあると思います。ぜひ、その経験を責めずに、相手を大切に、そして、自分も大切にして欲しいです。

相手への感謝を忘れない

これは直接的に思いやりを持って誰かと接することに関係がないかもしれません。でも、忘れてはいけないことだと思います。

自分が思いやりを持って誰かに接することがあれば、自分も誰かに思いやりを持って接してもらうこともあります。それはどんな場面、どんな時、どんな人とでも起こりうることです。

自分から相手に何かをしてあげるときには、感謝の言葉や見返りを求めてはいけないと思います。それは、その感謝や見返りが条件での行動になってしまうからです。でも、もし自分が誰かに何かをしてもらったら、感謝することを忘れてはいけません。相手への感謝を忘れることは、相手への思いやりも忘れることと同じだと思います。

思いやりを持って誰かと接するためにも、相手への感謝は忘れないようにしましょう。

さいごに

思いやりを持って人と接するって正直難しいです。ついつい見返りを求めちゃいますし、感謝されないと「もうやってあげない!」って気持ちにもなります。もちろん、相手と上手くいかないことだって結構あります。

でも、それでも思いやりを持っていること、そしてそれを行動に移していることって、後々自分に返ってくると思うんです。自分が辛いとき、自分が忙しいとき、自分が助けて欲しいとき、話を聞いて欲しいとき、誰かに何かを求めたときに、その願いを叶えてくれる人がいるかどうかは、日頃の思いやりの積み重ねだと思うんですよね。

もちろんそれを期待して行動するのはあれなんですが、そんな淡い期待でも抱きながらでもいいかもしれませんね(最初だけねw)

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