ありのままの自分を受け入れることの難しさと、そこから得られるものについて

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「なんで僕はこんなこともできないんだ…」「なんで私だけ病気なの…?」と自分の人生を嘆いたことは誰しもあることだと思います。

自分が生まれ持った条件(身長、家系、才覚、ハンディキャップなど)に悩み、もがき、苦しみ、嘆く人もいれば、後天的な病気や事故、老化や死などの人生における運命に悩み、もがき、苦しみ、嘆く人もいます。

たしかに目の前で起こる嫌な現実からは目を背けたくなるのもたしかです。ですが、そんなときだからこそその現実を受け入れ、自分を受け入れることが大切なんじゃないかと思います。

なぜ「ありのままの自分」を受け入れることが難しいのか?

以前の僕は、自分を受け入れることができませんでした。自分の病気のこと、吃音で滑らかに話すことができないこと、病気で退職したこと、怒りっぽいこと、思い込みが激しいことなど、それを自分のことだと受け入れることができませんでした。

では、なぜ僕は自分のことを受け入れられなかったのか?理由は、

  • ダメな自分を受け入れることは恥だと思っていたから
  • ダメな自分を受け入れたら、そこで終わりだと思ったから
  • 理想だけを追いかけていたから
  • “誰か”より劣っている自分が嫌だったから

という感じでした。おそらく多くの方が、「ありのままの自分」を受け入れることができない理由も同じような感じだと思います。

中でも、「ダメな自分」「できない自分」「思い通りにならない自分」を受け入れることができないということを、恥ずかしい、諦めると感じてしまう人は多いのではないかと思います。

「ダメな自分」を受け入れることは諦めではない

僕は、これまでずっと「ダメな自分」を受け入れることは人生を諦めることだと思っていました。

ですが、少しずつ自分のことを受け入れられるようになってきて思うのは、自分のダメな部分、できない部分、他の人よりも劣っている部分を認めない限り前には進めないということでした。

つまり、完璧である必要はない、すべてできる必要はない、他の人よりもできないことがあっていいということです。

「こんなこと言われなくてわかっている!」「当たり前だ!」と思う方もいらっしゃるかもしれません。ですが、これを自覚してはいても、受け止めて、納得できている人は少ないのではないかと思うんです。

これは周りを見ていればわかることですが、できなかったら怒る人はいますし、思い通りにならなくてキレる人もいます。また、他の人より劣っていて、嫉妬する人もいますよね。これって、「ダメな自分」を受け入れられていない証拠なんです。

少し話が逸れたので戻しますが、「ダメな自分」を受け入れることは、決して人生を諦めることでも、恥ずかしいことでもありません。むしろ、受け入れるからこそ、人生に新たな可能性が見えてくるわけですし、誰かからの助けが得られるわけなんです。

「ありのままの自分」を受け入れれば良いというわけではない

ですが、ただ「ありのままの自分」を受け入れたらいいのか?と考えるとそうでもありません。何かができなかったとして、「うん、まぁ仕方ないよね!」と開き直ってはダメだということです。(もちろん開き直ることもときには大事ですが)

なぜ、「ありのままの自分」を受け入れれば良いというわけではないのか?というと、それでは成長しなくなるからです。もし、何かできないことがあったとして、それを認め、そこで何もしなければ、その時点で歩みは止まってしまいますよね?

人は、成長することに喜びを感じる生き物だと思っています。それは肉体的な成長に限らず、精神的にも、技術的にも成長するということです。

そのためは、歩みを止めてしまってはいけませんよね?「できなくてもいいやー」と思考停止しては、そこからは何も得られません。

そうではなくて、「できないなら、どうすればいいのか?」と一歩踏み込んで考える必要があると思うんです。できる誰かに教えてもらうか?できるところは自分でやって、できないところは手伝ってもらおうか?自分の中で改善できるところはないか?などいろいろと考えることはできると思います。

「ありのままの自分」を受け入れるために日々意識している4つのこと

では、ここからは僕が「ありのままの自分」を受け入れるために日々意識していることを4つほど書きたいと思います。

僕も、まだまだ完璧に自分を受け入れられたわけではないので、日々精進していますが、とりあえず“今”意識していることを。

ありのままの“事実”を受け止めること

最初から自分のことを受け入れることは、正直難しいです。ですが、自分に関係する“事実”を受け入れることは比較的簡単だと思います。

たとえば、めちゃくちゃ素振りして、バッティングセンターにも通ったのに、いざ試合で打てなかったとします。

そのときに、これまで努力してきたのに、何も結果を出せなかった自分を受け入れることは、難しいですよね?「なんであんなに練習したのに打てないんだ…」「才能ないのかな…?」「向いてないのかな?」などなど。

ですが、「打てなかった」「三振した」「途中で交代を言い渡された」などありのままの“事実”は、受け入れることができると思います。

最初から自分を受け入れるのではなくて、まずは事実をありのままに受け入れるということは結構大事です。周りを見ていると、ありのままの事実ではなくて、言い訳を含んだ事実が多いです。「相手の投手が良すぎて、打てなかった」「変化球を打つ練習をしていなかったから、三振した」などがそうです。

そうではなくて、まずは事実を事実として、言い訳という脚色を加えずに受け止めるようにしましょう!

他の人は他の人、自分は自分と考える

ありのままの自分を受け入れようとするときに、一番障壁になるのは、“他人”です。特に、自分よりも出来がいい“他人”です。

自分よりも出来がいい“他人”を見ていると、自分の情けなさ、自分のできなさ、自分のレベルの低さに落ち込むこともしばしばあります。それではいつまで経っても自分を受け入れることなんてできません。

なので、他の人は他の人と割り切りましょう。他の人がどれだけできて、もしくはどれだけできなくても、それは自分には関係ありません。あくまで、自分は自分と考えることが大切です。

もちろん最初は気になります。いくら他の人は他の人、自分は自分って頭ではわかっていても、ついつい誰かと比較してしまいますし、誰を羨んだり、妬んだりしてしまうのが人間です。そういうときは、そう思っている自分がいるという事実を受け入れましょう。

「あ、今妬んだかも」「羨ましがっている自分がいる…」と。そうすると、そのうちに他の人の結果なんてどうでもよくなります。

どうにもならないことをどうにかしようとしない

生きていると、どうにかしたくてもどうにもならないことがたくさんあります。病気、災害、老化、死などがそうでしょう。「死」なんて、その最たる例ですよね。死にたくなくても、寿命がこれば死にますし、もちとん、病気や災害、事故でも死んでしまいます。

でも、それをどうにかしようとすることに意味はありません。どうにかならないことをどう捉えるか、どう考えるか、そこで何を思うか、そして、どう受け入れるかで、人生の歩み方は変わります。

どうにもならないことをどうにかしようとしてもがき苦しむのか?それとも、それを上手に受け止めて、上手く折り合いを付けて楽しく生きていくのか?

どちらが正しいのかはわかりませんが、僕は後者の方がありのままの自分を受け入れているように感じるので、どうしようもないことはどうにかしようとはしません。

改善できることは改善する

どうにもならないことはどうにかしようとしませんが、自分の中で改善できることは改善するようにしています。

僕は糖尿病を患っていて、一時はインスリン注射を打たなければいけないというくらいに悪化していました。その時は、もはやどうしようもないから、インスリン注射を受け入れるしかないか…と思っていました。

ですが、食生活を改善して、運動を取り入れることで、どうにか投薬治療だけで血糖コントロールができるようになりました。

人生にはたしかにどうにもならないこともあります。ですが、その一方で、自分の中で改善できることもあることもたしかです。そんなときに改善できることを改善しようとすることも、自分を受け入れるためには、必要なのではないかと思います。

「ありのままの自分」を受け入れることで得られる3つのこと

ここからは、「ありのままの自分」を受け入れはじめたことで、得られたことを書きたいと思います。

他人に優しくなれる

自分を受け入れるということは、自分のダメなところや嫌なところ、もちろん好きなところや得意なこともすべて含めて受け入れるということです。

そうすると他人のことに関しても、受け入れられるようになります。他の人が失敗しても、他の人の嫌な部分も、他の人の行動や言動にイラッとしても、受け入れられるようになります。そのためか、個人的には他人に優しくなれているように感じます。

自分も失敗するんだし、自分もできないこともあるから、誰かが失敗しても、できなくても、「まぁそんなこともあるよねー」って流せるようになって、良いときは「どうすればうまくできるようになるかな?」って一緒に考えることもできたりします。

自分の良いところだけじゃなくて、自分の悪いところも含めて受け入れられている人は、他の人に対しても優しくなれるはずです。

自分の長所が明確になる

これまで自分の欠点や苦手なところにばかり目がいき、それを受け入れるのが嫌で、受け入れたら負けなんじゃないか、人生終るんじゃないかというくらい考えていました。

ですが、自分を受け入れるにあたって、自分のダメなところや苦手なこと、できないことなど自分のマイナスな部分と向き合い、受け入れるように努めました。その結果、自分の長所や得意なとことが明確になったように感じました。

それまでは「これって長所なのかな…?(でも、これできないし…)」「これ得意とか言って良いのかな…?」とどこか疑問を持っていました。ですが、できないことはできない、不得意なことは不得意、ダメなところはダメだと認めることで、自分の中で何かが吹っ切れたのか、視点が変わったのか、「なら、自分には何ができるのか?」「なら、自分は何が得意なのか?」という問いに対しての答えが明確になりました。

プラスもあれば、マイナスもあるのが人間です。ですが、そのプラスを明確にするためには、マイナスも明確にしないといけないんだろうと思います。

そういう意味では、プラスだけじゃなくて、マイナスも含めて自分を受け入れるということが、このことに繋がっていることは納得がいきます。

なんか楽しくなる

他人に優しくなれて、自分の良いところもわかってくると、なんでしょうか、なんとなく楽しくなります。

誰かを否定するわけでもなくなって、自分を否定することもなくなるからなのかもしれませんが、ネガティブな思考に陥らなくなって、前向きと言うか、楽しくなります。

身近なところで言えば、スポーツ観戦していて、自分の応援する選手やチームが上手くいかなくても、「よし!よくやった!次頑張ろ!」って思えるようになったことだと思います。結果が良くなくて、舌打ちしたり、ため息ついたり、イライラしてたらなんか楽しくないですよね。だったら、「まぁ、次もあるじゃん!」ってくらいの応援になると、応援している側としても気が楽ですからね。

何事に対しても否定的に考えなくなったのは、何はともあれ良かったと思います。生きてるなら楽しい方が良いと思いますし。

さいごに

ありのままの自分を受け入れることは正直めちゃくちゃ難しいです。僕もまだまだできていないことも多いです。

ですが、少しずつでも受け入れられるようになると、自分の中で良い変化があることはたしかです。嫌なところばかりに目がいって、自分に対して嫌気を感じるよりも、そんな自分も含めて受け入れてあげた方がたぶん楽になれますし、楽しくなると思います。

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