死ぬのが怖いと思うのは生きている証だと思う

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「死にたくないなぁー」とか、「死ぬの嫌だなぁー」って思ったことは何度もあって、逆に「死にたいなー」「消えたいなー」と思ったこともあるんですが、「死ぬのが怖い」と思ったことは意外にも一度もありません。

怖いのと嫌なのがどの程度違うものなのかはわかりませんが、「死」に対して恐怖を感じたことはないんですよね。

ということで、死ぬのが怖いという感覚に対して、僕なりの考えを書きたいと思います。

意外にも「死」は間近に迫っていた…

僕は25歳(2016年時点)ですが、これまで2度ほど「死」を間近に感じたことがあります。

一度目は母親が運転する車での事故、二度目は糖尿病による高血糖状態でした。もう少し小さい事故的なこととか、病気とかも挙げればもう少しありそうですが、リアルに「死」を感じたのはこの2回ですね。

事故に関しては、小学校の低学年だったのであまり記憶になくて、救急車に乗ったことだけは覚えているんですが、よく生きていたなぁということだけは覚えています。

糖尿病については、かなり鮮明に覚えています。当時僕の急激な体重減少を疑問に感じた母親によって、僕は高校の入学式のあとに病院に検査に行ったんです。最初はよくわからなかったので、近くの小さいクリニックに行って検査をしてもらったんですが、そこで血糖値が異常に高いことがわかったんです。で、大学病院を紹介してもらって、その日のうちに大学病院に行くことになったんです。(あそこまでトントン拍子にことが進むのも希有な体験でした)

そして、大学病院で検査をしてもらった結果、血糖値は500mg/dLオーバー、ヘモグロビンA1c18%オーバー(正常値は血糖値が100mg/dL、ヘモグロビンは5〜6%)だったんです。病院の先生も、糖尿病の専門医を長くしているけど、これほどの数値は見たことがないと驚かれて、「あと一ヶ月放置しておいたら、倒れていてもおかしくなかった…」と言っていました。

僕としては、身体が重たいとか、眠気がハンパではないとか、異常なのどの渇きを感じていただけだったので、まさか倒れていたかもしれないなんて思いもしなくて、かなり衝撃を受けました。

このときに思ったのは、意外と人間って簡単に倒れるし、簡単に死ぬのかもなーということでした。そして、それが15歳の高校生にでも起こりうるんだということです。

今の時代、日本ではテロもないですし、病気も早期に発見できれば死ぬリスクは少ないので、「死」を間近に感じることはあまりないのかもしれないですが、「死」というのは意外と僕たちの近くに彷徨っているんだと思います。

後悔を残して死ぬのが嫌だった

「死」を間近に感じはしたんですが、不思議だったのは、そのときに「死」に対して怖いという感情は起きなかったんですよね。それよりも、「えっ、もう死んじゃうの?まだやり残したことあるんだけど…」という後悔でした。

自殺で死ぬとか、殺害されるとか、震災で亡くなるとなると、「死」に対して怖さを感じるのかもしれないんですが、僕は病気で、しかも自分の不摂生が原因だったので、怖さよりも、人生への後悔が強かったんですよね。

怖さを感じるよりも、必死で生きてなくて、後悔するような人生を送っていたことを初めて実感したときでもあったんですねー。

「死」について考えられるのは生きているからこそ

死ぬって考えるとたしかに怖いのかもしれないですし、後悔の気持ちもあるのかもしれません。大切な誰かを残してなんて死ねないですし、やり残したことがあるんじゃないかって思って後悔するのかもしれません。

ですが、「死」に対して怖いとか後悔を感じるのって生きてるからなんですよね。生きてるからこそ、「死」について考えられると思うんですよ。当たり前なんです。当たり前なんですけど、「死」に対してちゃんと怖いって感じられて、後悔がないかなって思いを巡らせることができるのって、生きてるからなんです。

逆はできないんです。一度死んでしまえば、「生き返りてぇ」って思うこともできないですし、思っても実現できないですよね…。

死ぬのが怖いって思えるのって意外と大事なんだよ

死ぬのが怖いって感じられるのって結構大事だと思うんですよね。

死ぬのが怖いと思えないから、いじめられたり、就職できないことへの不安感だったり、仕事で大きな失敗をしてしまったり、不正をしてしまって、自殺っていう選択肢を選んでしまうんです。最悪の場合無理心中です。

これ、もし死ぬのが怖かったらできないですよね。

怖くて死を選択できないから、他の選択肢を探すんだと思うんです。転職してみたり、起業してみたり、復業してみたり、趣味を探したり、違うコミュニティを求めたりなどなど。

「死を恐れない」「死ぬのは怖くない」って言うとかっこ良く聞こえますけど、ただ無謀なだけだったり、無駄に命を捨てるだけなら、どうしようもない言葉だと思うんです。それよりも死を恐れて、死を怖がっている人の方が、死なないために、死を選ばないために何ができるのか、何をした方が良いのかを考えて、選択できるので凄いと思うんです。

なので、死ぬのが怖いっていう感情は決して愚かでもないですし、ダメなことじゃないんですよね。

でも、後悔しない死に方をしたいと思った

「死」は恐れていても、怖がっていてもいつかはやってきます。恐怖心を持つことで、無駄に命を落とすことはなくなるのでいいんですが、どうせ死ぬなら後悔しない死に方をしたいものです。

受験とか就活、仕事であれば一回や二回失敗しても、後悔しても、生きていればやり直しが利きますけど、「死」って人生で一度きりの体験なんですよね。後悔しても、二回目とか三回目なんてないんですよ。これも当たり前なんですけど、自分の「死」を間近に感じないと意外と実感できないんです。

死ぬのが怖いって思うのは良いんですが、それで怯えて何もできないんじゃやっぱり楽しくないですし、なんとなく後悔しそうなんですよね。死ぬのが怖くても、もしかしたら明日病院で「余命は…」なんて言わる可能性だってありますし、事故に遭うかもしれません。

だったら、いつ「死」に直面しても、後悔しないように生きないとなーって思ったんですよね。明日死んでも後悔がないように、今日はしっかりと生きないと!って。

さいごに

今は独身なので、こんなに楽に「死」について考えられるんですが、誰かと結婚したり、子どもを授かったりしたら考えも変わるのかもなーと思っています。

でも、基本的なスタンスというか「死」に対する考え方は変わらないんだろうなぁと思いますねぇ。

なんか我ながらあっさりしてると感じますが、いつ死んでもおかしくないって思ってからの方が、思い切りがよくなったというか、毎日が充実している感じがしますね。まぁ今の世の中、そう簡単には死なないですからね。

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