悲観的な考え方を克服する必要はない!

「悲観的な人間と楽観的な人間、どちらが人間として上だろうか?」と聞かれたら、みなさんはどちらが上だと思いますか?

言葉だけで判断した場合、楽観的な人間の方が楽しそうだし、悩んでなさそうだし、物事が上手く進む感じがしますよね?

ですが、だからといって僕は悲観的な人間がダメだとは思えないんですよ。

今回はそんな「悲観的な」人間に関することについて考えてみようと思います。

悲観的とは?そして楽観的とは?

そもそも悲観的とはなんでしょうか?例に倣って検索してみましょう。

ひかん‐てき〔ヒクワン‐〕【悲観的】

[形動]先行きに望みはないと考えるさま。望みのもてないさま。「悲観的な状況」「物事を悲観的に考える」⇔楽観的。

(引用 コトバンク

具体的に考えれば、「受験や就職活動が上手くいくのだろうか…」「この会社で働き続けても良いのだろうか…」と思い悩んでしまうことですね。

一方、楽観的も一応調べておきましょう。

らっかん‐てき〔ラククワン‐〕【楽観的】

[形動]物事をうまくゆくものと考えて心配しないさま。「―な見通し」「―に考える」⇔悲観的。

(引用 コトバンク

楽観的であれば、就活や受験で少しくらい悩みがあったとしても「まぁなんとかなるでしょ!」とか、病気になっても「この治療すれば治るよね!」って感じで前向きに捉えられるんですよね。

このようにみてもやはり楽観的な人の方が得な感じはしますよね。

楽観的に人間の落とし穴

たしかに言葉の意味だけを考えれば、楽観的な人間の方が悩みも少ないですし、前向きで、人生に何があっても大丈夫!みたいな感じがします。

ですが、楽観的人間にも落とし穴はあるんですよ。

それは心配しない、前向きであるが故に、最悪の状況を想定していないということです。

もちろん最悪の状況なんて起きないに越したことはありません。震災なんて起きない方がいい訳ですし、病気にもならない方がいいでしょう。受験も就活も一発で上手くいけばそれに越したことはありませんよね?

でも、世の中はそんなに簡単には行きません。

突然事故に遭うかもしれませんし、震災の被害に遭うかもしれません。刺されるかもしれません。予期してなかった病気を宣告されるかもしれません。合格だと思っていた大学に落ちることもあり得ます。

人生は時に歯車が狂います。

そして、その最悪の状況を想定し、準備しておけるかどうかが、楽観的な人と悲観的な人の差でもあります。

 悲観的であるが故の良さ

悲観的だからといって、将来はすべてダメかもしれないなんて思ってはいません。将来が良くなることは望んでいますし、結果が良ければそれに越したことはありません。

ただ、最悪の状況を想定し過ぎているんです。

受験なら「落ちたらどうしよう…」、就活なら「内定がもらえなかったらどうしよう…」、「この飛行機落ちたら…」「健康診断で深刻な病気だったら…」と、なんでもかんでも最悪の状況ばかり考えてしまいます。

もちろん、ここでただ想定するだけで何もしないのであれば、それまでだと思いますし、それなら楽観的な人の方がよっぽど良いと思います。

でも、楽観的な人と違うのは、その最悪の状況になったらどうしようか?または、そうならないようにするにはどうすればいいのか?ということを考えているところなんです。つまり最悪の事態を想定して備えていると言うことです。

なので、受験であれば、苦手なところを克服したり、勉強に抜け漏れがないかをしっかりと確認します。就活なら、就活浪人になるか、大学院に進むか、他のことで生計を立てるかなど考えたりもします。病気であっても同じような感じです。

最悪の状況に遭遇しないように最善を尽くせること、そして、最悪の状況になったときにどうするべきかをしっかりと考えていることが悲観的な人のいいところだと思うんです。

悲観的な考え方を克服する必要はない!

僕はどちらかと言えば、悲観的な人間です。常に最悪の状況を想定しますし、最悪なことが起きないように備えることもします。

でも、だからといって楽観的な人を蔑んでいるか?と聞かれるとそうでもありません。

悲観的なのでやはり物事が上手くいかないと落ち込みがちです。なので、そういうときに楽観的な人がいてくれると助かるんですよ。こんな事態でも笑ってるヤツがいるんだったらどうにかなるかも!って思えるんです。

逆も然りでしょう。楽観的な人はあまり最悪の事態は考えていません。楽観的な人は、物事は概ね上手くいくと考えているので、備えることもそんな状況になるなんて考えてもいないと思います。なので、悲観的な人がいて最悪な状況を想定して、備えておいてもらえることがありがたいんです。震災の被害に遭っても「こいつのおかげで生きていられた…」と思うでしょう。

楽観的な人がいいのか?それとも悲観的な人がいいのか?どちらが上かなんて比較はできません。どちらもいて、どちらも補い合えばいいんです。

悲観的だからと言ってその性格や考え方を克服する必要はありません。そんな自分だからこそできることを考えて、生きていればいいんですよ。

さいごに

日本語って難しいです。

だって「非」って言葉がかなりマイナスなイメージがあるので、「悲観的」ってそれだけでマイナスなイメージを持ってしまいますからね。

でも、そこも考え方だと思っていて、マイナスがあるってことはどこかにプラスもあるんですよ。将来を悲観的に捉えるだけならマイナスですが、それに備えること、事前に防げることを防げることができるのって悲観的だからなんです。

マイナスの側面だけを見ないで、ぜひプラスの側面にも目線を向けてみてください!

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