人生は思い通りにならないのか?そんなときの思うこと

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「人生は思い通りにならない」って思うことは誰にでもあるのではないでしょうか?受験に落ちることもあれば、就職活動で上手くいかないときもあります。

たしかに人生は思い通りにはいかないこともあります。でも、そんなときって何か考えないといけないことがあるんじゃないかって思うんですよね。今回はそんなことについて少し考えてみようと思います。

でも、概ね思い通りになるよね?

人生って思い通りにならないなぁーって思っていると見過ごしてしまいますが、人生ってだいたい思い通りになっていると思うんですよね。

というのも、本を読みたいと思えば読めますし、ごはん食べたいと思えば食べれますよね?他のことについても大抵の場合は、思った通りにことは運ぶと思うんですよ。

なので、意外と僕たちの人生って思い通りになっていると思うんですよね。

人生で思い通りにならないときってどんなとき?

でも、「人生は思い通りにならない…」って思ってしまうのはなぜなんだろう?って考えてみると、人生で思い通りにならないパターンって大きく2つあると思うんですよね。

誰かが関わっているとき(一人ではないとき)

一人で何かをやろうとするならだいたいのことは思い通りに行くと思うんですよ。本を読んだり、食事をしたり、どこかに行ったり、何かを買ったりと、一人で考えて、一人で決定するなら思い通りにいきます。

ですが、これに誰かが関わってきて、一人ではなくなる場合はそう思い通りにはいきません。誰かと食事をするなら、食事をする場所や時間、注文するメニューは自分の思い通りに行くときもあれば、相手の思い通りにしないといけないときもあったり、折衷案になるときだってあります。

一人ではなく、誰かと何かをしようとなるときには、思い通りにならないことがあるんですよね。

また、募集人数に対して応募人数が多いときも思い通りにならないことが多いですよね。受験や就職活動、それにライブやイベントなど数に限りがあるものがそんな感じですかね。

受験なんて例年の合格点を上回っていても、周りにそれ以上の点数を取っている人が大勢いるなら、落ちることだってありますよね?就職活動でも、「就職したい!」って強く思っているだけで内定がもらえる訳ではなくて、企業との相性などによって決まるので、思い通りにならなくて当然ですよね。

誰かとともに何かを決めるときや、相手に自分の合否を決められるときには、自分の思い通りにならないことがあります。

自然が関わること

どれだけ文明が進んで、技術が進歩しても、まだ自然を操るに至ってませんし、むしろ自然に脅かされていると言ってもいいかもしれません。

どこかにピクニックに行こうと思っていたのに雨が降ったり、サーフィンをしようと思っていたのに風が強くてできなかったり、飛行機で海外に行く予定だったのに台風で飛行機が飛ばなかったりなんてよくありますよね?

どうしても自然に左右されることについては思い通りにならなくても仕方がないと思いますね。

病気はどうなのか?

何かしら病気になったときも「人生は思い通りにならない…」って思いますよね?でも、病気って、過去の自分の行動の結果であって、ある意味思い通りなんだと思うんです。

思い通りにならないと思うのは、「自分は病気になんてならない」とか「病気になるのはたまたまだ」とかって思ってるからなんですよね。もちろん遺伝的になりやすい病気、なりにくい病気はあります。ですが、多くの場合、食生活が荒れていたり、運動不足や睡眠不足、過労だったりが原因なんです。

僕は糖尿病ですが、病気を伝えられたときは「なんで僕の人生は思い通りにならないんだ…」って思いました。でも、よくよく考えれば食べ過ぎでしたし、運動もさほどしていなくて、かつ祖母が糖尿病で遺伝的にもなりやすかったんですよね。なので、なるべくして糖尿病になったんですよ。まさに思い通りです。

なので、病気になりたくない、病気で思い通りの人生を歩めなくなるのが嫌なのであれば、今生活を変えるべきですよね。それが病気の予防であり、病気にならないための思い通りの人生を歩むために必要なことなんですよ。

思い通りにならないとき、それは何かを試されているとき

思い通りにならないときにどういう対応をできるかということが、僕たちが試されている証なんじゃないかって思うことがあります。

たとえば、大学受験で第一志望で落ちたときに、妥協して滑り止めの大学に行くことを選択するのか?それとももう一度第一志望を受験して、合格するまでやり続けるのか?これって試されてることだと思うんですよ。もちろんお金のこともありますが、それ以上に気持ちが試されてるんですよね。

滑り止めの大学に行くにしても、仕方なくいくのか、それともそこでやりたいことを見つけて充実した学生生活を送るのかでは、4年間でかなり差が出ますよね?もう一度受験するにしても、意地になっているだけなのか?それとも何で行きたかったのかを考え直して、それでも行きたいから受験するのか?では差があると思うんですよ。

思い通りにならないということは、何かしら問われているんだと思います。「本当にその選択でいいの?」って。そこで何かしら考える必要があるから、思い通りにならなくて、問いをぶつけられ試されているんじゃないかって思うんですよね。

なので、人生が思い通りにならないからといって投げやりになったり、自暴自棄になったり、誰かに当たったりするのではなくて、思い通りにならないのには何かしら意味があるんだって思って考えてみることが必要なんじゃないかって思います。

さいごに

人生って思い通りになっていることの方が圧倒的に多くて、思い通りにならないことの方が少ないはずなのに、「思い通りにならない…」って思うのはある意味当然ですよね。だって、良いことよりも、悪いことの方が記憶には残りやすいですから。

だからなのか、僕の記憶に強く残っていて、自分の人生の教訓になっていることって、思い通りにならないときが多いんですよ。大学受験に落ちたこととか、就職活動がうまくいかなかったこと、自分の不甲斐なさで仕事を辞めたこととか、強く記憶に残っているのってやっぱり思い通りにいかないことなんですよね。

なので、最近は思い通りに行かないときは「あぁーまたなんか試されてんだなー。がんばろー」って開き直るようにしてますねw そうすれば意外と思い通りに行くようになるんですよねw

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