「ゆとり世代」と言われるのは嫌いです。

ゆとり世代というと、打たれ弱いとか、現実的だとか、なんとなく貧弱な人たちのように扱われますが、僕はその「ゆとり世代」と呼ばれるのが嫌いです。

「ゆとり世代」と呼ばれる世代の人たちは、なりたくて“ゆとり”になったわけじゃないんですよね。ただ、政府がゆとり教育に変更して、その教育を受けざるを得なかっただけなんですよ。

それをあたかも僕たちが悪いみたいに言うのが「ゆとり世代」という言葉だと思うんです。それが本当に嫌いなんですよね。

ゆとり世代とは?

「ゆとり教育」の語源である「ゆとりと充実」をキーワードとした学習指導要領の改訂は1980年頃実施された。文部科学省の文言における「各教科の指導内容を大幅に精選し、思い切った授業時数の削減」が行われたその頃に学校教育を受けた世代が本来のゆとり世代である。

生年に換算するおよそ1966年から2001年ごろまでに生まれた人々。

しかし、近年では2002年頃の改訂しか記さない辞書が増え、マスコミ等も詳しく調べず報道する事が増えたため、後付けの2002年が普及し、その頃学校教育を受けた世代だけを「ゆとり世代」と勘違いする風潮が広まった。

差別用語のような使い方がされることが多いので、できるだけ使用は避けたい言葉。

(引用 はてなキーワード

はてなキーワードによれば、「ゆとり世代」ってかなり広範囲に至るんですね。

でも、世間的な「ゆとり世代」はかなり狭義で、1990年前後に産まれた人たちを指してますよね?ここでも書いてあるように、差別用語なんですよ。「ゆとり世代」って。

「ゆとり教育」はたかが教育

「ゆとり世代」って言いますけど、何がゆとりなんだって、教育だけなんですよね。たかが教育です。

もちろん教育という一つの環境が、人を変えることはありますし、同じような感覚を持った人が多くなることはわかります。

でも、だからといってその世代がダメなやつの集まりみたいな言い方として「ゆとり世代」というのはやっぱり差別です。

「ゆとり世代」を理由にしないで欲しい

「ゆとり世代」って、新卒の社員が仕事ができなかったり、覇気がなかったり、飲み会に誘っても来なかったりするときに使うと思うんですよ。

けど、それって「ゆとり世代」に限った話ではないですよね?というよりも時代の流れじゃないでしょうか?

学校の先生が生徒に体罰をしちゃダメなように、パワハラみたいな「○○ハラ」みたいな言葉が増えたように、時代の流れだと思うんですよね。

現実的な性格なのは、不安定な時代だからこそだと思いますし、飲み会に行かないのだって行くことに必要性を感じないからなんですよ。それをなんでもかんでも「ゆとり世代」を理由にぐちぐちいうのは差別ですって。

「ゆとり世代」という表現は、個性を詰むことになる

「ゆとり世代」って言葉で、世代を分けて、自分たちとは違うできないやつらみたいな分け方って、個性を詰んでるように思うんですよ。

いくら優秀な人でも最初からできるわけじゃないですし、いくら人付き合いが良くたって飲み会が嫌いな子だっています。それを「ゆとり世代」なんて言葉でまとめるって、一人一人の良さに目を向ける機会を失ってます。

人を分類する表現というのは大抵何らかの機会を失ってます。

人のできない部分とか悪い部分ばかりを見るんじゃなくて、もっとその人の良いところを見るようにして、良さを引き出してあげたらいいんじゃないでしょうか?

「ゆとり世代」なんて言われて嬉しく思う人はいないんですよ。

「ゆとり世代」という共通の性格も特徴もない

年齢が近ければ、ある程度考え方とか視点とかは似通ってくるのかもしれないですが、共通する性格とか特徴なんてないと思うんですよね。

一人一人違うんですよ。

打たれ弱い人も、飲み会が嫌いな人も、現実的な人も、言われたことしかできない人も、どの世代にもいますよね?

なので、「ゆとり世代」であっても共通する性格もなければ、特徴なんてないんですよ。

教育する側にも問題はあると思う

「ゆとり世代」という言葉を使う人に限って、教え方が雑だったり、人のことをバカにしてたり、自分ができていなかったりするんですよね。

「ゆとり世代」って言葉で人をダメにするんじゃなくて、その人をどうしたら活かせるかとか、どうしたら成長させられるのか?を考えたらどうでしょうか?

「ゆとり世代」も世間のイメージは払拭できるように頑張ろう

「ゆとり世代」も「ゆとり世代」ですね。

その言葉に甘えている人もかなりいると思いますね。「ゆとり世代」って言われるのは嫌いなくせに、何か上手くいかないと「ゆとり世代だから…」と言い訳にするんですよね。

だから、いつまでたっても周りから「ゆとり世代はこれだから…」って言われるんです。

言い訳にするんじゃなくて、イメージを払拭するためにも努力していくべきではないでしょうか?

ダメな世代として扱われるのは嫌なので、一人一人が必死になって頑張りましょう。

さいごに

できるのもその人次第だし、できないのもその人次第なんですよね。それが個性なんですよ。

それを世代や血液、誕生月なんかで分類する人ってなんか残念です。それだけでどれだけ無意味な差別を生んでいることか…。

差別や区別が大事なんじゃなくて、如何にその人を活かせるのか?が大事だと思うんですよ。

そろそろ「ゆとり世代」って言葉を消したいですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください