いじめとは何か 〜実体験をもとに考えるいじめの原因と解決策〜

「いじめ」と聞くだけで、「自殺?」ってなるくらい最近はいじめが絶えないですねぇ。リアルな世界だけじゃなくて、ネットの世界にまでも広がっているから余計に手が付けられないのが事実でしょうか。

いじめがなくなって欲しいとは思う反面、いじめってなくなるのかな?と疑問に思う気持ちもあります。

僕はこれまで25年間少々生きてきて何度かいじめられたことがあります。一方で、何度かいじめる側も経験しました。そんなどちらの立場を経験した僕が「いじめ」について原因とか解決策など考えたいと思います。

いじめとは?

文部科学省が「いじめ」について定義していました。

本調査において個々の行為が「いじめ」に当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする。

「いじめ」とは、
「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。」
とする。

なお、起こった場所は学校の内外を問わない。

ふむふむ。なるほど。少し昔であれば暴力行為だったり、弱いものいじめみたいなことが「いじめ」とされていたんですが、最近は「心理的」な攻撃まで含んでいるんです。

で、「怒った場所は学校の内外を問わない」ということは、LINEやFacebookなどのSNSで行なわれる「いじめ」もいじめとして認定されるってことですよね。この辺りは時代の変化を感じます。

心理的な攻撃が含まれるようになった理由は、いじめによる自殺が増加したためでしょうね。特にSNSから派生したいじめ。NAVERまとめでまとめられるくらいいじめによる自殺が増えてるっていうのはなんとも悲しいですね。

いじめの原因は「嫉妬」と「思い込み」

僕の経験上ですけど、いじめの原因ってむちゃくちゃシンプルだと思うんですよ。

いじめる原因は「嫉妬」ですし、いじめられる原因は「思い込み」なんです。

「嫉妬」が生み出すいじめ。

いじめの理由を考えるとだいたいこんな理由が出てくると思います。

  • ついイラッとしたから
  • なんとなく気に食わないから
  • 嫌いだから

これってようするにいじめる対象に対する「嫉妬」なんですよ。羨ましいって感情です。「いじめっ子=できない子」って思いがちですが、意外にできる子もいじめる側にいるのは「嫉妬」が原因だと思います。

どういう嫉妬があるかっていうと

  • 勉強ができて羨ましい
  • 運動・スポーツができて羨ましい
  • やりたいことできて羨ましい
  • (自分には)できないことができて羨ましい
  • ゲーム買ってもらえて羨ましい
  • 家族が楽しそうで羨ましい
  • なんか楽しそうで羨ましい

などなど。羨ましいって思うのなんて人それぞれなのであげれば切りがないですけど、たぶんこんな感じでしょう。いじめてた幼き僕も「あいつはいいよなー好きなもの買ってもらって」という嫉妬からその子をいじめてました。(今思うと本当に情けないです)

世の中で起こっている「いじめ」は大人であろうが、子どもであろうが「嫉妬」が原因です。相手と比較したら自分は惨めな気持ちになったから、幸せそうなあいつをいじめてやろう。ってことです。こんなしょうもない理由でいじめられるなんて、いじめられる人にとっては最悪ですよね。

※ちなみになんですけど、僕は当時いじめていた子とは高校では仲良く草野球をする仲になりました。

「思い込み」が生み出すいじめ。

一方いじめられる側はというと、いじめられていると「思い込んでる」ケースが本当に多いです。失礼ですけど。

もちろんいじめられているのは事実としてあるんですけど、いじめが事実よりも大きく感じられて、大きな問題(自殺など)へと発展するのは「思い込み」のせいです。

「思い込み」といってもわかりづらいですが、だいたいこういうことを思い込んでいます。

  • また何か悪口を言われているんじゃないか
  • 自分のことで盛り上がっているんじゃないか
  • 自分だけ仲間に入れてもらってないんじゃないか
  • 自分は嫌われてるんじゃないか
  • 自分はダメな人間なんじゃないか
  • 自分はいじめられているんじゃないか

などです。もちろんきっかけは実際のいじめかもしれませんが、いじめが想像以上の問題になるのは「思い込み」が原因の場合がかなり大きいと思います。

いじめられてた子が転校してもいじめられてしまうのは、「悪口言われているんじゃないか」「自分は嫌われているんじゃないか」って思い込んでしまうからなんですよ。

僕は高校のときにいじめられていると「思い込ん」でいました。もちろん実際に悪口を言われていましたし、仲間から外されていました。けど、クラスが変わってもいじめられていると感じていたのは確実に僕の「思い込み」だったと思います。

教室の隅で数人が僕の方を見て(実際は違うところ見ていたかもしれないけど)、僕に届かない声で話していたことを、僕はいじめだと思い込んでました。一度悪口を聞いてしまうと、自分の方を見て話していることがすべて「いじめ」に感じてしまうんですよ。まさに「思い込み」です。

最初は悪口や陰口、モノを隠されたり、嫌なことをされたかもしれません。でも、そのあとそういった行為がなくてもいじめられていると感じてしまうのは「思い込み」が原因なんです。

いじめの解決策を考える。

いじめの解決策などをニュースで見ていておかしいと思うのは「いじめた側をどうにかすればいじめはなくなる」ということです。

上でも書いたんですけど、いじめられた側の対応もしないといけないんですよ。いじめをなくすためには。なので、ここでは二つの側面からいじめの解決策を考えます。

いじめっ子を生み出さないためには。

いじめるのは「嫉妬」が原因だと書きましたが、「嫉妬」が生まれる原因は「日本の平均化教育・没個性化教育」と「大人のいじめ」にあると思っています。

平均化教育・没個性化教育はそのままです。「できない」を排除する教育です。算数の九九ができないだけで居残りさせたり、かけっこで遅い子たちのためにみんな一緒にゴールさせたり、ある科目でできない生徒を集めて補講を受けさせたり、できないことを隠す教育です。みんな一緒が大好きな教育ですね。(愚の骨頂です。)

「できない」ってそんなにダメなことなんですかね。そりゃ、だれでも「お前は◯◯ができない」「できないことはダメだ」「なんであの子はできるのに、あんたはできないの!」って言われりゃグレますよ。できる子に「嫉妬」も抱きますよ。先生だって、大人だってできないことあるでしょ。なんでもできる人なんてこの世にはいないんです。

教育の場面で「できない=ダメ」という扱いはしないことが一番です。できないことを掘り起こして血祭りにあげるんじゃなくて、「できる」ことにもっと目を向けて個性を伸ばさないと。さっさと今の平均化・没個性化教育をやめましょ。

で、もう一つは「大人のいじめ」。

子どもは親・大人を見ています。お母さんがお父さんの悪口を言っているところも、お父さんがお母さんを殴っているところも、両親の関係が上手くいっていないところも、嫁姑関係が上手くいっていないところも全部見てるんですよ。

それをマネするんですよ。子どもは。原因は嫉妬やストレスかもしれませんが、子どもは親や近くの大人がやっていることをマネするんです。お父さんがお母さんを殴っていれば、子どもも誰かを殴るでしょう。お母さんがどっかのお母さんの悪口を言っていれば、子どもも誰かの悪口を言うんですよ。子どもは純粋なんです。大人がやってることは子どももやるんですよ。

子は親の背中を見て育つと言いますが、本当にそうなんですよ。ちゃんと見てますよ。子どもは。

こうやって考えると「いじめ」の原因は確実に大人なんですよね。残念なことに。大人の社会でいじめというか、悪口、妬み、嫌がらせがなくならないから、子どもの社会でもいじめは絶えないんですよ。大人の社会で「いじめ」をなくすことが、子どもの社会で「いじめ」をなくす一番の解決策かと。

「思い込み」をなくすために。

「思い込み」なんてそう簡単にはなくせません。先入観と一緒です。

なので、いくらその場から逃げようと、転校しようと、いじめっ子と違うクラスにしようと本人が変わらないと「いじめ」を解決したってことにはならないんですよ。

けど、実際にいじめられてるって「思い込み」をなくすことはかなり難しいです。なので、「思い込み」を忘れるようにすれば良いと思うんですよ。「いじめられてる」って感じさせないようにすればいいんです。(もちろんこれも難しいですけど)

たとえば、

  • 気のあう友だちとの時間を増やす
  • 何かにのめり込む、ハマる
  • 好きなこと・得意なことに打ち込む

という感じです。いじめられてるって感じる以上に楽しいことだったり、打ち込めることがあればいいんです。何でも良いんです。勉強でも、マンガでも、アニメでも、スポーツでも良いんです。いじめられてるって気持ちを忘れさせてくれる何かがあれば良いんですよ。

変に「いじめられてるけど大丈夫?」とか先生が相談に乗るよりも、その子が打ち込めることを先生が見つけてあげることの方が大切です。周りが変に意識して本人に「罪悪感」を抱かせるくらいなら、その子をいじめられてるっていう「思い込み」から救ってあげる方法を考えてあげてください。

まとめ

生まれてきていじめをしようとする子どもなんていないんです。

いじめは子どもがもたらしたものではなくて、「大人」が生み出してる現象なんです。大人が子どもたちを比較したり、子どもたちに「大人のいじめ」の現場を見せるから、子どもは嫉妬したり、グレたりして、いじめに及ぶんです。

子どもの世界でいじめをなくすのであれば、まずは大人の世界を変えていく必要がありますよね。自分たちは何も悪くないって顔してる場合じゃないですよ。子どもは大人の背中を見て育つんです。もっと子どもが憧れる世界にしましょ。

その上で「できない」ことを指摘する教育ではなくて、「できる」ことや「打ち込める」ことを如何に明確にするかっていうことが大事なんじゃないかなって思ってます。

さいごに

いじめはそう簡単にはなくなりませんよ。ホントに。いじめに関わったことがない人が「いじめ」という問題を解決しようとしていることがそもそも意味不明です。無理じゃないですけど、限界があります。(野球やったことない人に、野球の問題を解決できないのと一緒です。)

いじめを解決するならいじめを経験した人を使わないとダメですよ。いじめられていた人でも、いじめていた人でも良いんです。(どっちも経験した僕はいかが???)いじめはいじめに関わった人じゃないとわからないんですよ。

早くいじめの問題を解決して、いじめを原因に自殺する学生をなくしたいですね。

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