「子育て」について、結婚する前、子どもを授かる前に真剣に考えてみようと思う。

2010年くらいからか子どもの自殺や親による幼児虐待、学校の先生によるわいせつ行為とか暴力行為っていうのが顕在化するようになった気がします。

こういう事件とか事故とかってなんで起こるんだろ?って自分なりに考えるんですけど、僕は「日本の教育システム」「家庭での親子関係」が原因だと思うんです。

もう少し噛み砕いて言えば、大人が子どもに対して望むレベルが高くなったり、子どもをより束縛するというか自分たちの思い通りにさせようとし過ぎなんじゃないかなってことです。

大人が子どもを自分たちの思い通りにさせようとしすぎるから、子どもがストレスフルになったり、大人になったときにおかしな行動に出たりするんだと思うんですよ。なので、僕もいつか子どもを授かったときに自分はどういった方針で育児とか教育していくかなぁっていうのを事前に考えてみようと思います。

押し付けない。子どものしたいことをさせてあげる

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「押し付けない」は、ベースとなる方針ですね。

僕としては、小学校とか中学校で学ぶ勉強ってどうでもいいんですよ。テストが0点でも良いんです。本人が興味がでないことを押し付けてまで学習させようなんて思いません。

それよりも子ども本人が「これって何?どういうことなの?」って興味を持ったことを学ばせてあげる。英語に興味を持ったのであれば英会話でも、留学でもさせてあげたいですし、電車なら電車でも良いんですよ。

僕たち大人はなんでもかんでも与え過ぎだし、押し付け過ぎなんですよ。本人が望むことに寄り添ってあげればそれで良いと思っています。

なんでもかんでも教えてあげない。疑問と解決は経験でしか身につかない

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「これ何?」「どうしてこうなるの?」「なんで?なんで?なんで?」子どもには疑問の連続です。毎日が疑問で、何をしてても疑問が浮かんでくるのが子どもなんです。

でも、だからといって僕は応えてあげないですw(あ、別にいじめとか嫌がらせじゃないですよ)

疑問を持つって凄い大切なことだと思うんですよ。大人になって思うのが、大人って疑問に思わないんですよ。なんでもかんでも受け入れちゃうし、疑問に思っても考えないし、調べもしない。だから、おかしいって思ってもついついやっちゃうし、適当に過ごしちゃう。それじゃもったいないんですよ。せっかく疑問が目の前にあるのに・・・

なので、自分の子どもには「疑問」を大事にしてほしいんです。「疑問」を持ったらまず考える。「なんでこうなの?」って。「それなんで正しいの?」って。考えさせる。

で、自分なりに答えを出させるんです。別に正しい答えが出なくても良いんです。この習慣をつけてもらいたいだけなんで。

疑問を持って、その疑問を解決するって一朝一夕では身につきません。大人になっても身についていない人が大半だし、逆に身についていれば引っ張りだこだと思うんですよ。研究でも会社でもどこでも使えますし、いつの時代でも求められると思いますからねぇ。

だから、僕は子どもが疑問を持って、聞いてきたとしても、最初は教えてあげません。「自分で考えてごらん」って考える機会を与えたいですねぇ。(もちろんヒントとかはあげますけどねw)

いつ怒る?

怒るタイミングってかなり重要だと思うんですよ。なんでもかんでも頭ごなしに怒れば、子どもはぐれるでしょうし、かといって怒らなさ過ぎも親としてどうかとも思うんです。

命の危険を感じたとき。

怒るのはこのときだけです。たとえばどういうときか。

  • 路上に飛び出そうになる・飛び出る
  • 包丁などを危険なものを振り回す
  • 災害の危険がある場所に行く
  • 足の届かない川や海で遊ぶ

などなど。命の危険がなければいいんです。海外も行かせてあげたいですし、遊びにも行っていいと思うんですよ。

ただ、命の危険があるときにはそりゃ怒ります。死んでしまってはもともこないですから。こっぴどく怒ります。命の大切さを知っておいて欲しいですし、生きてることって凄いことなんだって覚えて欲しいからです。

それ以外は基本的に怒らない

命の危険がないときは基本的に怒りません。0点取っても、遅刻しても、学校休んでも、就職活動が上手くいかなくても怒りません。

というよりも、怒っても意味がないって感じです。誰だってやる気がでないときもありますし、できないことだってあるんですよ。僕なんて高校のとき首席でしたけど、古文・漢文だけ学年で唯一赤点で追試受けましたからねw

なので、怒りません。怒って子どものやる気が完全になくなることが一番嫌なので。怒っても誰の特にもなりませんしね。

いつ褒める?

できたことに対しては褒める。

そりゃそうですね。できたことに対しては褒めちぎります。でも、できなくても怒りませんよ。できなくても良いと思ってますから。なんでかっていうと、どんな人間でも最初から「できる」人なんていないんです。できなくて当たり前。なので、できなくても怒りません。

だからこそ、できたときには褒めるんです。だって凄いじゃないですか!逆上がりでも、算数で100点取るでも、クロールで100m泳ぐでも何でも良いんですよ。できたことには褒めてあげる。でも、できなくても怒らない。って感じ。

なんでもかんでも褒めない

これは注意事項ですw

僕がそうなんですけど、褒められ過ぎると調子に乗るんですよ。で、褒められ過ぎると次の結果がよろしくないw

僕の子どもだからといって同じだとは限りませんが、おそらく引き継ぐでしょうw なので、なんでもかんでも褒めすぎないし、褒め過ぎることもしないように注意したいですねぇ。

「やりたい!」気持ちに応えてあげる

疑問もそうですけど、子どもってなんでも「やりたい!」んですよ。好奇心の塊ですから。もはや好奇心そのものですから。

大人になって周りを見渡すと好奇心を失ってる人が多過ぎです!これは由々しき事態なんですよ。政治の問題よりも、芸能人の浮気問題よりも重大です。重傷です。重軽傷です。

これって子どもだった時代に好奇心を削がれた結果だと思うんですよ。子どもの時代には「やりたい!」って気持ちは誰しもが持っていたはずなんです。けど、大人の勝手な事情によってその好奇心は消し去られた訳です。その結果を繰り返しちゃいけない。自分がそうだったからといって、子どもにその大人の事情を押し付けちゃダメです。

大人が一番やっちゃいけないのが、子どもの「やりたい!」って好奇心を消し去ることなんです。

大人であれば、なんとしても子どもの「やりたい!」って気持ちには応えてあげたいです。

ただ、もちろん現実的な問題が生じるときは仕方がない。たとえば、習い事が10個とかあればちょっと考えますし、小学校に入学したからたばこ吸わせてくれはダメです。

「できないこと」は子どもと一緒にできるようになる

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親になれば「これやってみせて」って子どもに言われることでしょう。

そんなときできることだけやってみせて、できないことは大人の事情でやらないで逃げたくないですねぇ。大人として恥ずかしいでしょ。それは。

僕なんてできないことだらけなので、そんなときは子どもと競うくらいの勢いで一緒にがんばるようにしますw 「英語教えて!」って言われたら、一緒に英語の歌を歌いますし、単語も覚えます。

大人だからといってなんでもできるわけじゃないんだぞってことも見せてあげたいですし、がんばれば大人でもできるんだぞって姿も見せたいです。かっこ悪くても、泥臭くても、がんばって生きてる姿を見せてあげたいですね。

さいごに

こうやって子どもを授かる前から、子育てとか子どもとの向き合い方を考えるって良いですね。

学校とかでもやったら良いと思いますねぇ。そうするとその家庭が見えてくるかもしれないです。虐待がある家庭の子どもであれば「暴力のない家庭にしたい」って書くだろうし、両親が働きまくってて相手にしてもらえない家庭であれば「子どもと遊んであげる」とかって書くと思うんですよ。

DVとか虐待とか家庭の問題ってあんまり見えてこないのが現状ですけど、こうやって「自分が親だったら、子どもとどう接する?」って考えさせると意外と家庭のことって見えてくるんじゃないですかねぇ。

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