「大人」ってなんだろう?大人と子どもを分けて考えることがナンセンス!

「Edge Rank」というメルマガの1月のテーマが「大人」ということだったので、「大人」というワードについて少し真剣に考えてみる。

こうやって一つのワードに対して深く考えたことがないので、「大人」と言われてもよくわからないのが現状。なので、「大人」について考える良い機会だと思って少し真剣に考えてみる。

一般的な「大人」の定義

とりあえず、一般的に「大人」っていうのが何を示すのか調べてみる。(コトバンクより引用)

おとな【大人】

1 成長して一人前になった人。
㋐一人前の年齢に達した人。「入場料大人200円、子供100円」⇔子供。
㋑一人前の人間として、思慮分別があり、社会的な責任を負えること。また、その人。「大人としての自覚」「青臭いことを言ってないでもっと大人になれ」
㋒昔は、元服後の男子、裳着(もぎ)を済ませた女子。
2 一族・集団の長や、年配で、主だった人。長(おさ)。頭(かしら)。女房の頭、武家の譜代の老臣、大小名の家老・宿老・年寄などの類。

なんともしっくりこない。ボヤーッとした感じがあって、ぼくの中で腑に落ちてこないこの定義。抽象的過ぎてどういった状態が大人で、どういった状態が大人じゃないのかって言うのがいまいちわかりづらいかなぁ。

大きくなったら大人

漢字からまずは考えてみるか。「大きい人」と書いて「大人」。

大きい?

身長の話?体重の話?ぼくなんて小さい方だから、その辺の身長高めの中学生にも負けるから、ぼくは「大人」ではないのか?身長とか体重の話になると、年齢なんて関係なくなりそうだから、「大きくなったら大人」とは言えない。

成人したら大人?

「成人=成年(20歳)に達したもの」ということ。日本で言えばこういうことができるようになる。

  • たばこを吸える
  • お酒を飲める
  • 契約行為に親の同意がいらない
  • 馬券などが買える
  • 10年有効なパスポートがとれる
  • 取得できる資格の幅が広がる
  • 国民年金への加入(義務)
  • 犯罪を犯すと実名が出る(らしい)

こうやってみると結構できること、できる幅が広がるって感じはしますねぇ。できる幅が広がるというよりも、やっても怒られない、注意されないことが増えるって感じでしょうか。

未成年なら注意をされる行為(喫煙、飲酒、契約行為など)が、成人になると注意されなくなって言うのはあくまでも法律上ってだけなので、世間的に「大人」って定義するには不足している気もするんですよ。

選挙権持ってたら大人?

持ってるだけで大人、持っていて選挙権を行使していたら大人ってだけならどれほど「大人」って存在が楽か。

投票はしているけど、いざ立場が悪くなったらぐちぐち言う人はいるし、投票もしていないのにぐちぐちと文句を言う人もいる。これが今の日本の大人ですか?

安保法案にしても、増税にしても自分たちの都合が悪くなると、手のひらを返すような態度を取るのが大人なら、僕は大人になんてなりたくない。そういった人たちを大人となんて認めたくない。

間違ったことをしないのは大人?

大人だって間違ったことくらいしますよ。

遅刻もするし、寝坊もするし、財布なくすし、無断欠席するし、提出日遅れるし、おかしな日本語使うし、誤字脱字もするし、人の悪口言うし、いじめもするし、ひがむし、借金はするし、居眠りもするし、酒飲み過ぎて吐くし、仕事中なのにパチンコするし、最後には間違ったことを認めない。

大人だって、子どもみたいな間違いいっぱいしてるんですよ。子どもだから間違う、大人だから間違わないなんてのは幻想なんですよ。そう思いたいだけ。間違いを認めたくないだけ。こうやってみると大人ってなんか切ない。

何でもできるのが大人?

子どもからしたら、大人は何でもできるって思うかもしれないけど、実際はそうじゃない。むしろ、大人からしたら子どもの方が何でもできるんじゃない?って思ているくらい。

たぶん子どもが「大人は何でもできる」って勘違いしてしまうのは、大人は「できない」ことをやらないからでしょう。大人になると経験から「できる・できない」の判断がすぐにできてしまう。で、できないことはかっこ悪いって思ってるからやらない。結局やるのは「できる」ことだけ。

だから、子どもの目には「大人は何でもできる」って映る。なんとも可哀想な話です。子どもはできるとかできないって判断がまだできないから、とりあえずやってみるんですよ。で、できるのか?できないのか?を判断するわけです。大人からしたら羨ましいですよ。ホント。

なので、何でもできるからといって「大人」と判断はできないですよね?

稼いでいるのが大人?

ネット社会になった今は稼ぐことは誰にでも可能になりました。なので、「稼ぐ=大人」とはなりません。

稼いでいて、養っているって思い込んでいる、見栄を貼っている人は「大人」ではありません。以上。

コーヒーをブラックで飲めたら大人?

大人でもブラックでコーヒーを飲めない現状。高校生でも、中学生でもブラックでコーヒーを飲める現状を考えると、これが間違いであることは明白ですねw

親に仕送りできたら大人?

親に養ってもらっていなくて、自分で稼いだお金を両親に仕送りしている人ってむしろどのくらいの割合なんだろうか?という疑問。ぼくはできていません。当分できないでしょう。(もちろん将来的にはね)

芸能人とか有名人、そこそこ稼いでいる人たちはやっているみたいですけど、そんなにいないですよね?1割いたら多いんじゃないか?自分たちの生活で「ヒィヒィ」いってるのが日本の現状。仕送りなんてやってられないです。

仕送りをやる人がかなりの割合いるなら、年金云々って問題にならないはずだし。年金っていう意味の分からない制度じゃなくても、子どもから親にお金を送るシステム作りゃ良いんですから。ねぇ?

自分で生きていけたら大人?

そもそも「自分で生きていく」ってなんだろ?

結婚もせずに、家事も仕事もすべてこなすこと? 誰にも迷惑をかけずに生きていくってこと? 誰かに自分の人生の責任を負わせないってことかな? なんとも難しい定義ですねぇ。

「大人になったんだから自立しなさい」ってよく聞きますよね? これを聞くと「大人だから自立」なのか「自立したから大人」なのか?って言うのがごちゃごぎゃになります。卵が先かにわとりが先かみたいなw

病気になって誰かに看病してもらわないといけない人は大人じゃないの?っていうのも疑問に思うところ。視力失ったり、耳が聞こえなかったり、五体不満足だったり、心臓が悪かったりと肉体的に不利な人は大人になれないの?ってなりますよね?そういう人たちでもしっかりと生きてる人いますよね?

ということは、自分で生きていけなくても大人じゃないとは言えないですよね。安易に「大人なんだから」って言葉でまとめるのはよくないです。

責任を負えたら大人?

責任を負えている人が大人と考えていいのであれば、部下に自分のミスを押し付けている上司は大人ではない訳だし、責任を押し付け合っている議員も大人ではないですよね?

「責任転嫁」って言葉があるくらいです。今も昔も責任は転嫁されて当たり前ってことですよね?要するに、自分の犯したミスじゃないミスを押し付けられるのが世の常ってこと。最初の定義ではないですけど、「社会的な責任を負える」って条件はそもそもおかしな話なんですよ。もちろん、すべての人が責任を負えていない訳ではないですが、事実負えていない人が数多くいますから。

子どもを授かったら大人?

幼児虐待のニュースを見ていればわかりますが、確実におかしな理論です。子どもを授かったからといって大人になれるのであれば、あんな残虐な事件は起きないわけですよ。

子どもを授かることもたしかに大切なことですが、それ以上にその授かった子どもにしっかりと愛情を注いであげて、選択肢を広げてあげて、社会に送り出すことが「大人」としての役割難じゃないかなぁ?そこまでできているのであれば、「大人」と考えていいと思いますが。

大人と子どもと分けて考えることがナンセンス

いろいろと考えて思うことは、「大人」と「子ども」と分けて考えることはナンセンスってことです。ようするに、「子どもだから、こうあるべきだ」「大人だから、こうあるべきだ」って言う考え方がそもそも古いってことですね。

僕が一番大事だと思うは、「人としてどうあるべきか?」「人としてどうありたいか?」ってこと。子どもだから、大人だからってことではなくて「人」としてどうあるべきなのか?ってことが大切。子どもだから、話を聞いてあげないのではなくて、子どもを一人の人間として話を聞いてあげることって大事なんじゃないかな?

まだまだ考えがまとまっていない感じなので、「大人」についてはもう少し考えたいと思います。ひとまずわかったのは、ぼくは大人ではないってことですw

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