StrengthsFinder(ストレングス・ファインダー)で、僕の強みを探してみたよ

結構有名な本ですよねぇ。

で、早速結果です。

  • 親密性
  • 最上志向
  • 内省
  • 運命思考
  • 学習欲

一つ一つみていきましょう!(すべて引用します)

親密性

「親密性」という資質は、あなたの人間関係に対する姿勢を説明します。 簡単に言えば、「親密性」という資質によって、あなたはすでに知っている人々に引き寄せられます。あなたはかならずしも未知の人たちと出会うことを避けているわけではありません。事実、知らない人と友人になるスリルを楽しむような他の資質を、あなたは持っているかもしれません。しかし、あなたは親しい友人のそばにいてこそ、大きな喜びと力を得るのです。あなたは親密であることに心地よさを感じます。一旦最初の関係ができあがると、あなたは積極的にその関係をさらに深めようとします。あなたは彼らの感情、目標、不安、夢を深く理解したいと思っています。そして、彼らにもあなたを深く理解してもらいたいと願っています。あなたは、このような親密さがある程度の危険性を含んでいることを知っています。あなたは利用されるかもしれないのです。しかし、あなたはその危険性を進んで受け入れます。あなたにとって人間関係は、それが本物である時のみ価値を持ちます。そして、それが本物であるかどうかを知る唯一の方法は、相手に身を委ねることです。互いを共有すればする程、お互い危険性も大きくなります。お互い危険性が大きくなればなる程、自分たちの意思が本物であることを、よりはっきりと証明できるのです。これらが真の友情を築き上げるためのひとつひとつのステップであり、あなたはそのステップを喜んで進めて行きます。

うーん、当たってますねぇ。たしかに、知ってる人に引き寄せられるかも。知らない人と知り合うこともスリルには感じますが、やっぱり心の知れた中の方がいて居心地はいいですね。

で、ある種の危険を犯して相手との親密性を測る節はありますねw 危ないっていっても殺すとかではなくて、嫌みをいってみたり、嫌がるようなことをしてみたりって感じです。それであいてが嫌がらせだとか、ハラスメントって感じたなら近寄らなくなりますね。事実、大学のころもそんな感じで友人形成をしていましたw

最上志向

優秀であること、平均ではなく。これがあなたの基準です。平均以下の何かを平均より少し上に引き上げるには大変な努力を要し、あなたはそこに全く意味を見出しません。平均以上の何かを最高のものに高めるのも、同じように多大な努力を必要としますが、はるかに胸躍ります。自分自身のものか他の人のものかに関わらず、強みはあなたを魅了します。真珠を追い求めるダイバーのように、あなたは強みを示す明らかな徴候を探し求めます。生まれついての優秀さ、飲み込みの速さ、一気に上達した技能――これらがわずかでも見えることは、強みがあるかもしれないことを示す手がかりになります。そして一旦強みを発見すると、あなたはそれを伸ばし、磨きをかけ、優秀さへ高めずにはいられません。あなたは真珠を光り輝くまで磨くのです。このように、この自然に長所を見分ける力は、他の人から人を区別していると見られるかもしれません。あなたはあなたの強みを高く評価してくれる人たちと一緒に過ごすことを選びます。同じように、自分の強みを発見しそれを伸ばしてきたと思われる人たちに惹かれます。あなたは、あなたを型にはめて、弱点を克服させようとする人々を避ける傾向があります。あなたは自分の弱みを嘆きながら人生を送りたくありません。それよりも、持って生まれた天賦の才能を最大限に利用したいと考えます。その方が楽しく、実りも多いのです。そして意外なことに、その方がもっと大変なのです。

ドンピシャりですw

平均で何が楽しい!っって感じです。苦手なところを修正されることほど嫌なことはないですし、得意なことを伸ばされないことほどイラッとすることはありません。

強みこそ伸ばすべきだし、強みだからこそ伸ばすべきなんです。

平均的で安定的な人生なんて面白くない!苦しくても持って生まれた「才」を活かしてこそ面白い人生でしょ!

内省

あなたは考えることが好きです。あなたは頭脳活動を好みます。あなたは脳を刺激し、縦横無尽に頭を働かせることが好きです。あなたが頭を働かせている方向は、例えば問題を解こうとしているのかもしれないし、アイデアを考え出そうとしているのかもしれないし、あるいはほかの人の感情を理解しようとしているのかもしれません。何に集中しているかは、あなたのほかの強みによるでしょう。一方では、頭を働かせている方向は一点に定まっていない可能性もあります。「内省」の資質は、あなたが何を考えているかというところまで影響するわけではありません。単に、あなたは考えることが好きだということを意味しているだけです。あなたは独りの時間を楽しむ類の人です。なぜなら、独りでいる時間は、黙想し内省するための時間だからです。あなたは内省的です。ある意味で、あなたは自分自身の最良の伴侶です。あなたは自分自身にいろいろな質問を投げ掛け、自分でそれぞれの回答がどうであるかを検討します。この内省作業により、あなたは実際に行っていることと頭の中で考えて検討したことと比べた時、若干不満を覚えるかもしれません。あるいはこの内省作業は、その日の出来事や、予定している人との会話などといったような、より現実的な事柄に向かうかもしれません。それがどの方向にあなたを導くにしても、この頭の中でのやりとりはあなたの人生で変わらぬもののひとつです。

うーん、大好きですねw

考えることこそが人生と言っても過言ではないです。

この箇所はまさにドンピシャ「あなたは脳を刺激し、縦横無尽に頭を働かせることが好きです。

この表現ってわかる人にしかわからないと思いますね。ようは一度にいろんなことを考えるんですよ。多くの人って目の前のことだったり、一つのことしか考えないですよね?

でも、ぼくは違うんですよ「多考」なんです。一度に多くのことを考えてしまう。悩みでもあり、長所でもありますね。なので、話しながらまったく別のこと考えたりもしてますねw(あ、しっかり話は聞きますし、内容も的確に応えますよw)

運命思考

偶然に起こることはひとつもありません。あなたはそれを確かな感覚として持っています。それは、人々が互いに結びついていると、心の底から知っているからです。確かに人々は自分の行動を自分で決めることができる、自由な意志を持っている個別の人間です。とはいっても、私たちは何かもっと大きな存在の一部なのです。それをある人は集合的無意識と呼ぶかもしれません。それを魂あるいは生命力と呼ぶ人もいるでしょう。しかし何と呼ぶかは問題ではありません。私たちは互いに隔絶されているわけではなく、地球や地球上の生命から切り離されていないと知っていることで、あなたは安心感を得るのです。この運命思考という考え方には一定の責任感が付随しています。もし人々すべてがもっと大きな存在の一部であるなら、人は他人を傷つけてはいけないのです。なぜなら、自らを傷つけることになるからです。人から搾取してはいけません。なぜなら、結局自分自身に返ってくることになるからです。このような責任に対する認識が、あなたの価値体系を作り上げています。あなたは思慮深く、思いやりがあり、受容力があります。人々は皆おなじであると確信しているあなたは、異なる文化を持つ人々の間で架け橋の役割を果たします。みえない力を敏感に感じ取り、平凡な日常生活の中に意味があるという安心感をほかの人に与えることができます。あなたの信念は、あなたの育ちや文化によって決まりますが、それは強固なものです。理屈では説明できないことに直面した時、それは、あなたやあなたの親しい友人を支えてくれます。

すべては必然的な事象であると認識しています。偶然なんてない。

一人一人の言動だったり、行動だったりが、今の世の中を作ってるし、これからの世の中を作っている。だから、この先どんな世の中が待ち受けていようが、それは今の行動の必然であって、誰の責任でもなくてすべて関わった人の責任なんです。

なので、ぼくは自分の行動や言動には責任を持ちます。

もちろんぼくが軽はずみでいった発言で行動した人がいたとしても、それはその人の責任ですが。その行動を引き起こしたのは偶然ではなくて、ぼくの言動でしょう。ある意味影響力があって嬉しいですねw 行動するとか発言するってある種責任のあることなんですよ。まぁ人のやってることまで責任は負いませんが。

学習欲

あなたは学ぶことが大好きです。あなたが最も関心を持つテーマは、あなたの他の資質や経験によって決まりますが、それが何であれ、あなたはいつも学ぶ「プロセス」に心を惹かれます。内容や結果よりもプロセスこそが、あなたにとっては刺激的なのです。あなたは何も知らない状態から能力を備えた状態に、着実で計画的なプロセスを経て移行することで活気づけられます。最初にいくつかの事実に接することでぞくぞくし、早い段階で学んだことを復誦し練習する努力をし、スキルを習得するにつれ自信が強まる――これがあなたの心を惹きつける学習プロセスです。あなたの意欲の高まりは、あなたに社会人学習――外国語、ヨガ、大学院など――への参加を促すようになります。それは、短期プロジェクトへの取組みを依頼されて、短期間で沢山の新しいことを学ぶことが求められ、そしてすぐにまた次の新しいプロジェクトへに取組んでいく必要のあるような、活気に溢れた職場環境の中で力を発揮します。この「学習欲」という資質は、必ずしもあなたがその分野の専門家になろうとしているとか、専門的あるいは学術的な資格に伴う尊敬の念を求めていることを意味するわけではありません。学習の成果は、「学習のプロセス」ほど重要ではないのです。

学校の勉強は大嫌いです。

これまでの25年の人生で小学校、中学校、高校の勉強で活かせたものは一つもないと思っているので大嫌いです。

それよりも経験したことや自分で選んで読んだ本からの方が学べることがたくさんありました。だからこそ、本は読みますし、なんでもやってみます。なんでもやってみないことには学べません。逆に言えばなんでも学べるんです。どこからでも学ぼうと思えば学べるんです。学ぼうとするかどうかの問題。

成果は後から付いてくるので考えません。とりあえずやってみる。結果がよければそれはそれ。悪くてもそれはそれです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください